第45話 魔剣と魔拳

 氷を纏った刃でアトリアは攻め込む。剣の丈の分、間合いに分のある彼女は懐に潜り込もうとするゼフィラを牽制して先手を打っていた。対するゼフィラは武器が2つあるがゆえ、手数で間合いと力で勝るアトリアを押し込もうとしている。


 剣と拳――、2つが物理的に衝突する前に互いの魔力が衝突し、ふたりは反動で弾かれながらも態勢を崩さず、攻めの姿勢を貫く。


 魔法使いの戦いは時として、お互いの手を読み合う「腹の探り合い」となり、ともに手を出さない睨み合いが続くことがある。

 しかし、アトリアとゼフィラの戦いはそれとは真逆。次々に繰り出される技に対して考えるより先に体が反応していた。


 ただ、フェイントを織り交ぜながら機敏に動いて仕掛けるゼフィラと、最小の守り、回避から必殺の一撃に転じるアトリア。両者の戦闘スタイルはここでも根本的に異なっていた。


 例えるなら、ゼフィラの散弾銃とアトリアの貫通弾――、ともに抜群の殺傷力はあれども種類はまったく異なるもの。



 無呼吸で連撃を続けていたゼフィラは、ぴょんと大きく後ろへと跳ぶとアトリアの動きを視線で牽制しながら一度呼吸を整えた。


 肩を上下させ、大きく息を吸い込んだのはアトリアも同じ。改めて呪文を詠唱し、氷の刃を増強する。


「へっへ……、アトリアの『氷』は密度がすげーな。こっちの炎で溶かすどころか逆に消されてしまいそうだぜ」


「……やわな炎だったらすでに消えてるはず。武術と魔法の併用をこれほどできるとは思っていなかった。さすがね、ゼフィラ」


「私を褒めたってなにもでませんよっと! さて、続きといくか!」


 ものの数秒で呼吸が整ったのか、ゼフィラは右に左にステップを踏みながらアトリアとの間合いを詰めていく。


「……相変わらずね、すばしっこい」


 先ほどまでとは一変してゼフィラは、一撃離脱の戦法に切り替えていた。アトリアの周囲を軽快に跳びまわりながら時折素早い火拳を繰り出す。自慢の俊敏さで、一手打ち込んではすぐに距離をとる。


 アトリアもゼフィラの一撃を確実に防ぎ、反撃の隙を窺っていたが彼女のスピードに舌を巻いていた。


『……ゼフィラの速さがここまでとは思っていなかった。それにスピカと一緒で体力お化けなんだもの、長引くと分が悪い』


 距離をとっていたゼフィラが改めて仕掛けようとしたとき、彼女はアトリアの不自然な動きを目にして一瞬、足を止める。


 これまで自ら踏み込んで迎え撃つ姿勢を見せていたアトリアが後ろへ下がったのだ。


「あれあれ……、らしくないんじゃないのかー? アトリア?」


「……あなたは逃げるのが得意なウサギでしょ? 獲物を追いかけることはできるのかしら?」


 ゼフィラが詰めた距離とほぼ同程度にアトリアは下がって間合いを保っている。速さ任せに無理して近付くのは危険とゼフィラは察していた。


『なにか策があるんだろうけどなー? まっ、あえて罠にかかりにいくのもおもしろいか!』


 ゼフィラはその場で真上に飛び跳ねると、着地の瞬間、反動を利用して一気に加速し、アトリアの間合いに飛び込んだ。


「……あくまで接近戦に拘るのね、悪くない」


 ゼフィラが加速して向かってくるとわかっていたかのように、タイミングを合わせてアトリアも力強く前へと踏み込む。わずかに見せた「逃げ」の姿勢は相手を誘い出す撒き餌だったようだ。


『結局向かってくるのか! アトリアくらいしかこんな戦いできないもんな! ホント、楽しませてくれるぜ!』


『……魔法学校でここまで剣を振るえるなんて――、あなたが相手だからね、ゼフィラ。楽しいわよ』


 お互いに同じ想いを秘めて、アトリアの魔剣とゼフィラの魔拳は再び交差する。

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