第44話 刃と拳
ゼフィラが思い切り踏み込んだ地面は氷へと変わっていた。彼女はまるで漫画の1コマかのように綺麗に両足が宙に浮き、背中から地面に落下しそうになる。
アトリアはこの隙を逃さず、氷の下級魔法「アイシクルランス」を素早く2発放った。
襲い来る氷槍に対してゼフィラは、空中で大きく腰を捻って回転し1発目を避ける。さらに逆立ちの姿勢で接地すると、2発目の魔法をそのまま腕で跳ね上がって躱して見せた。
まるで体操選手の床種目かの如く、宙で縦に1回転するとそのまま足から地面に着地するゼフィラ。
空中であれだけ縦に横にと回っても平衡感覚に狂いはなく、ふらつく様子も一切見せない。すぐさまアトリアの方向に目を向け構えをとった。
周囲からは感嘆の息がもれる。魔法使いでここまで軽快に――、機敏に動く者は滅多にいないだろう。武闘家顔負けのゼフィラの動きに観戦している学生たちは改めて驚いたようだ。
『……まったく、猫みたいな動きをするのね。あっさり仕留められたと思ったんだけど』
アトリアも無表情のまま、剣先をゼフィラに向けて構えをとる。ゼフィラは軽いステップを踏みながら改めて仕掛けようとしていた。
実戦形式の試合では、「有効打」の判定にこそならないが、肘より下、膝より下までに限って物理的な攻撃も許可されている。例えば――、魔法による一撃を決めるために足払いで転ばせる、といった手段も問題ない。
通常、魔法使いは近接戦を嫌う傾向にある。詠唱時間が稼げないことと自身の魔法に巻き込まれるリスクがあるからだ。しかし、今日のゼフィラは魔法使いであることを忘れたかのように接近を試みるのだった。
『……そんなに近くで遊びたいの、ゼフィラ?』
アトリアは突っ込んでくるゼフィラに木剣の切っ先を向けながら無言で問うていた。そして、ゼフィラはそれに答えるかの如く、不敵に笑ってみせる。
「……いいわ。のってあげる」
アトリアは重心をやや落とし刃を引いた。木剣を呪文の放つ道具から剣へと切り替えたのだ。そして、白い冷気を纏い――、氷の刃をそこに生成していく。
「そうこなくっちゃ! さっすがアトリアだぜっ!」
大声と共にアトリアへ襲い掛からんとするゼフィラの両の手を突如、紅蓮の炎が包み込む。
魔法の撃ち合いではなく、彼女たちは氷刃と火拳による接近戦で勝負するつもりなのだ。
試合を見つめる学生たちからどよめきの声が上がる。それは驚きとともに、ルール的に「有り」なのかの疑問からだった。
それに対して、2人の審判は何の反応も示さない。暗黙――、すなわちこれは「有り」とみなされたようだ。
「ふん。アトリアもゼフィラも――、ずいぶんと楽しそうじゃない」
「おうおうおう! これは燃える展開じゃねえか! どっちでもいい! 一発ぶちかましてやれ!」
「やれやれ……、魔法使いらしくはないけど、あのふたりらしくはあるのかな?」
決勝の相手を待つシャウラ、そして殴り合いにも似た戦いの気配に熱くなるベラトリクスと自分なりに戦況を分析しようとするサイサリー。
皆が見つめるなか、魔法学校においてはとても珍しい戦いが始まろうとしていた。
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