第43話 氷と炎

 闘技場の舞台で向かい合うアトリアとゼフィラ。いつも通りまったく動きを見せないアトリアと、小刻みに跳躍して体を揺らすゼフィラ。例によって「静」と「動」、両極端なふたりの戦闘スタイル。


 ただ、魔法剣士を志し、剣術も扱えるアトリアと拳闘を使えるゼフィラ。ともに近接戦での心得がある、といった意味では似ているのかもしれない。


 試合開始前、お互いの「得物」を見つめるふたり。アトリアは長期休暇の間に魔力伝導率の高い木剣を新調していた。今回のトーナメントも学校の許可を得て使用している。

 一方のゼフィラはこれまで他の学生の多くも利用している学校支給のスティックを使っていた。しかし、今彼女はなにも手にしていないのだ。


「……ゼフィラ? あなた、武器は――」

「アトリアと一緒でオレも自分に合ったものを新調したのさ! これこれ、見てみろよー?」


 そう言ってゼフィラはアトリアに甲を向けて手を広げて見せた。


「……手袋? 手甲なの?」


 ゼフィラの手は黒い革の手袋に包まれている。そして、手の甲には妙に厚みがあり、なにか埋め込まれているようだった。


「ぶん殴るのと魔法を両立させる装備だぜ! オレ用の特注品さ! おかげで小遣いぶっ飛んだけどな!」


「……そ。お互いここまでしてたわけね」


「専用装備ってなんか燃えるだろ? パワーアップしたオレを見せてやるよ!」


「……いい勝負を――、なんて言わないから。出会ったときと同じ。叩きのめしてあげる」


 アトリアは口角をかすかに上げた表情を見せた後、ゼフィラに背を向けて試合の初期位置へと歩いていく。

 彼女の背中を少しの間見つめた後、軽いステップで跳ぶようにしてゼフィラも初期位置へと付くのだった。



 開始の合図は公式戦と同様、フィールドの両端に立つ審判役をの教員が放った魔法が中央でぶつかり光を放った瞬間。


 軽いステップを踏んでいたゼフィラは地面に足が接地した瞬間、弾かれたように走り出し、一気にアトリアとの距離を詰めにかかる。対するアトリアは完全に迎え撃つ姿勢。

 魔力を充填させながらも、迂闊に放つことはなく目でゼフィラの動きを追っていた。



「さーて、とっ! 楽しもうぜ! アトリアー!」



 ゼフィラの動きはまるでシャドウボクシング。虚空に向かって素早い打撃を繰り出す。ただ、それに連動して炎の弾丸が放たれた。


 アトリアは大きく横に跳び火の球を躱していく。普段なら最小の動作で攻撃を躱し、すぐさま反撃に移るアトリアだが、今回は必要以上に大きく跳んで移動をしていた。



「アトリアのやつ……、いつものスレスレの動きじゃねえな?」


「軌道の変化を警戒したかな……、そんなとこだと思うよ」


 肩を並べて試合を見つめるベラトリクスとサイサリー。魔法使いの中でも、特に変則的な戦い方をするアトリアとゼフィラの戦いは予測がむずかしいようだ。



 アトリアの着地したところへ猛スピードで駆けてくるゼフィラ。完全にアトリアの射程内へと侵入している。これは機敏な彼女ゆえ――、回避に対する絶対の自信の表れとも見てとれた。


「……ちょっと、元気過ぎるんじゃない? ゼフィラ!」


 アトリアは小さい動作で素早く木剣を振り下ろす。しかし、そこから魔法が放たれた気配はなかった、が――。

 駆け込んでくるゼフィラが次の一歩を踏み込まんとする地面、そこが突然凍り付いたのだ。


「ちょっ――! うわっ! 嘘だろ!?」

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