第40話 優しい怪物

「アフォガード先生……、すみませんね。この忙しい時期にお訪ねして――」


 セントラル魔法科学研究院にある研究棟、各教員たちの研究室が設けてある。3回生の学年主任アフォガードの部屋は、飾り気のないものが必要最低限だけ置かれている。


 そこに姿を現したのは真っ黒な衣装に身を包んだ背丈の大きい女性――、スピカの師であり、かつてこの魔法学校で「ユピトール卿」と呼ばれたルーナ・ユピトールだ。


「こほん……、スピカ・コン・トレイルはもういないのに、君が訪ねて来るとは予想外だった」


 アフォガードは来客用の席を引いて彼女を誘導した。そして、真っ白なティーカップを2つ準備してお湯を注いでいる。


 彼は猫座で瘦せ細った体躯をしている。頬もこけており、白髪が入り混じった頭髪を無造作に首の辺りまで伸ばしていた。一見するとなんとも不気味な姿をしているが、一目見て「魔女」を連想させるルーナもまた負けず劣らずの不気味さをもっていた。



「くふくふくふ……、アフォガード先生なら少なくとも一度は私が訪ねて来ると思っていたのではないですか? あの子の退学についてで――」


 ルーナの前に紅茶を差し出し、アフォガードはその正面の席につく。無味乾燥な部屋に紅茶の優しい香りだけが漂っていた。


「ルーナ。君はとても目立つからな。私が伝えらえる限りの情報は今話そう。以後、には近付かな方がいい」


「くふくふくふ……、体が大きいのはどうしようもありませんからね。誰か身を小さく見せる魔法でも研究していないかしら?」


 ルーナの冗談なのか本気なのかわからない返事に対し、アフォガードは無言で紅茶を啜り、少しの間を置いた。


「――それで、なにが聞きたいのだ? ルーナよ?」


 スピカの退学は、「自主退学」となっている。彼女の保護者であるルーナがその理由について詳しく知らない以上、教員のアフォガードもそれ以上に知っていることなどないのだが――。


「4回生に1人、3回生にも1人……、スピカと同じように退学した学生がいるようですね? シリウスとウェズンといいましたか?」


 ルーナの言葉にアフォガードは眉をぴくりと動かした。じろりと黒目だけを動かしてルーナを見つめる。学生の名前が出てきたゆえに、彼女がそれなりに下調べをしたうえでここを訪れたのだと察したようだ。


「こほん……、進学時や前後期を跨ぐ際に学校を出て行く者は決して珍しくない。君の在学中にも何人かいたであろう? それに――、ウェズンはあくまで『休学』だ。本校に籍は残している」


「くふくふ……、これはこれは失礼致しました。ですが、この2人の生徒、いろいろと訳ありのようではありませんか?」


 ルーナの問い掛けにアフォガードは答えない。彼はあくまで彼女がなにを――、どこまで知っているかを見定めようとしているようだ。


 一方のルーナはスピカの退学に疑問をもっている。しかし、それについて彼女に問うても無駄なことも理解していた。親友であるアトリアとの決闘――、友との決別すらありえたあの戦いを経てもスピカはなにも語ろうとしなかった。


 ならば――、話したくない彼女の意志は尊重する。しかし、スピカに対して望まない道を強いた者がいるのであれば、ルーナはそれを見過ごすつもりはなかった。

 それによってスピカをセントラルへ復学させる――、といった目的ではない。ただただ、ルーナ自身が許せないがゆえだ。

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