第39話 変人と天才
ブレイヴ・ピラーの管理する医療施設、負傷者の治療と療養を目的として、本部と併設してある。
「ずっと魔導書読んでるわねー? もう丸暗記しちゃったんじゃない?」
一面真っ白で、簡易なベッドとデスクくらいしかない空虚な部屋。救護専門部隊「9番隊」の隊長リンカは、そこに入院する女性に話しかけていた。
「休学してから改めて気付いたんです。私、魔法が大好きなんだなって……。冒涜するようなマネをしてどの口が――、とお思いかもしれませんけど」
ベッドでハードカバーの本に目を通していたのは、ウェズン・アプリコット。アトリアたちセントラル魔法科学研究院の3回生で今は休学中の身。
彼女は一時的な魔力の増幅と引き換えに身を亡ぼす悪魔のクスリ「エリクシル」を常用していた。
中毒性が極めて高いこのクスリを自らの意志で断ち切るのはむずかしい。ゆえに「休学」の名目の元、ウェズンは依存から抜け出すための治療を受けているのだ。
王国はこのクスリの拡散を恐れ、生産・所持・使用――、いずれに対しても厳しく取り締まっている。本来ならウェズンは魔法使いの世界から除名されてもおかしくなかった。
しかし、ブレイヴ・ピラーは彼女を匿ったうえで適切な治療を受けさせ、エリクシル使用の事実すらをもみ消そうとしていた。
彼らがウェズンを匿う理由は、エリクシルの提供元が対立組織「サーペント」と深く関わっていると考えられるからだ。
もっとも、共に国を代表する剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」と「サーペント」は表向きには敵対していない。しかし、サーペントの幹部がシャネイラを襲撃したことにより、組織間の関係は険悪になっていた。
サーペント側はあくまで「個人の暴走」として示談金を支払い、事を荒立てないようにしていた。ブレイヴ・ピラーも表面的にはそれに応じている。
だが、武力抗争以外の方法で、ブレイヴ・ピラーはサーペントを潰す材料を探している。そのうえで、禁止薬物「エリクシル」とサーペントを結ぶ情報源になり得るウェズンの存在はとても貴重なのだ。
「――また、そんなに水飲んで……。喉が渇くのはわかるけど、後から辛くなるわよ? 食欲もおちるし、さっきだって思いっきり吐き出してたじゃない?」
リンカは気怠そうな表情でため息交じりにそう言った。少し前にウェズンが洗面所で嘔吐しているところを見ていたゆえ。
彼女が吐き出したのは、ほとんど水と少しの胃酸。喉の渇きを癒すために水を大量に飲み、食事が喉を通っていないようだ。
「水を飲まないと喉の渇きでとても辛い……。――かといって、水を飲み続ければあとから全部吐き出してしまう。どちらも苦しいですけど、罰だと思って受けとめていますの」
「この前――、学校のお友達と外出した際に処方した薬、必要なら出してあげるわよー? あんなにゲロゲロされたら見てるこっちが辛くなってくるわ」
ウェズンは先日、スピカや魔法学校の同級生誘われて城下町へと遊びに出ている。その時は、エリクシルの依存症状を抑える薬を処方してもらっていたのだ。
「ありがとうございます。――でも、お薬に頼ると治療が遅れると仰ってましたよね? 私、1日でも早くセントラルに戻りたいの」
「ふーん、離れて初めて大事なモノに気付いちゃった系なのかなー? ウェズンちゃんがいらないって言うならかまわないけどねー。あんまり無理はしないでよ?」
「うふふ……、私が安定しない方がリンカさんはここに来れるでしょう? お仕事サボりたいんじゃないんですの?」
いたずらっぽく笑って問い掛けるウェズンにリンカは一瞬、面食らった顔をする。しかし、すぐに口元をにやりと緩めて彼女も笑ってみせた。
「
微笑みながら言葉を交わすふたり。
ブレイヴ・ピラー屈指の変人であり、天才的な治癒魔法の使い手、リンカ・ティンバーレイク。「ローゼンバーグの再来」と呼ばれた才能あふれる魔法学校の生徒、ウェズン・アプリコット。
ブレイヴ・ピラーの医療室、ここで不思議な縁が生まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます