第3章

第38話 新たな日常

 アトリアが、酒場「幸福の花」にてスピカと話をしてから数日後、魔法学校「王立セントラル魔法科学研究院」では話題に上った模擬戦が行われようとしていた。


 これは全員参加の「授業」ではなく、前期の成績上位者のみに絞ったトーナメント戦。3回生後期の始まりには毎年実施されている言わば「名物イベント」だった。


 学校ゆえに当然「学科」の評価もあるのだが、当の学生たちはこの実質「順位付け」ともいえるイベントに向け、しっかり調整をしてきていた。


 出場権があるのは3回生の上位16名のみ。スピカと仲の良かったアトリア、シャウラ、ゼフィラ、サイサリーの4名はしっかりと選ばれている。


 しかし……。



「オレはこんな順位付け認めねぇからな! 実戦形式だろうが魔法闘技ルールだろうが戦ったらオレが勝つ!」


「はいはい……。まず舞台に立ってから大口でもなんでも叩きなよ? ?」


 もはや同級生たちにとって見慣れた光景であるベラトリクスとサイサリーのいがみ合い。ベラトリクスが吠えている理由は、このトーナメント選抜に自分の名前が無かったゆえ。


「ぎゃんぎゃん吠えないでくれる? 耳が痛くなってくるんだけど。学科の成績悪過ぎるからでしょ?」


「ニワトリってたしか3歩歩いたら記憶飛ぶんだっけ? それじゃ学科はきついなー?」


 サイサリーに加えて、シャウラとゼフィラにもからかわれ、女性陣を睨み付けるベラトリクス。しかし、彼の学科成績が振るわなかったのは事実。誰にも文句を言おうと悪いのは自分なのだ。


「ちくしょーっ! ここで目立って、4回に上がったときには『知恵の結晶』から推薦をもらうオレ様の計画が……」


「……ベラトリクスって『知恵の結晶』に入りたいの? 一応、進路とか考えてるのね、意外だったわ」


 アトリアは関心を示すようで、実はバカにしているようなことを言う。しかし、ベラトリクスはそこに喰いついてはこなかった。


「オレはアレンビー先生と働きたい! 臨時講師で来てくれたときにそう決めた! だから『知恵の結晶』一択だ!」


 アトリア、シャウラ、ゼフィラ、サイサリーの4名は揃って顔を見合わせては、呆れた表情を見せた。



 トーナメント戦は実戦形式のルールにて行われる。術者への直接攻撃が許されているため、上級以上の魔法は使用禁止となっているが……、それなりに危険を伴うルールといえた。


 アトリアは対戦表を見つめていた。勝ち上がった先の相手を予想しているのか――、しばらくの間、無言でじっとしている。


「どうした、アトリア? 穴が開くほど見つめてさ? 心配しなくても初戦からオレらの潰し合いはないぜ? みんな勝ち上がったらわかんないけどさ?」


「……ううん、そこを気にしてるわけじゃない」


 ゼフィラはアトリアの雰囲気が妙に寂しげに映ったようだ。冗談を織り交ぜ、彼女の笑顔を誘おうとする。


「アトリア、どうしたの? あなた一応、優勝候補のひとりなのよ? まぁ、私もだけど……。ちょっと上の空なんじゃない?」


 シャウラもアトリアに異変を感じたのか、彼女らしい気遣い方で話しかける。


「……ごめん、ゼフィラ、シャウラ。余計な心配させて」


「しっ…、心配なんてしてないから! むしろ、ライバルが不調なら儲けものくらいに思ってたわよ!」

「シャウラの照れ隠しはわかりやすいなー? まぁ、心配ってほど大袈裟じゃないけどちょっとなんか暗いよな、アトリア?」


「……当たり前だけど、んだなって。スピカもウェズンさんも――」


 アトリアの言葉を聞いて一同は沈黙する。頭では十分理解しているはずなのだが、こうして現実を突き付けられると改めての寂しさが込み上げてきたようだ。



「――バカか、お前らは?」



 湿っぽくなった空気を一蹴したのはベラトリクス。彼の言葉にアトリアは一瞬、むっとした表情を向ける。


「スピカもウェズンもいねぇなら尚更よ、『あいつらがいても勝てなかった』と思わせるくらいの試合をしなきゃいけねぇんだろ?」


 ベラトリクスの言葉にアトリアは小さく一言――、「そうね」と答える。ゼフィラ、シャウラ、サイサリーもかすかに微笑み、和やかな空気へと変わった。


「――当のベラトリクスは試合の舞台にすら立ててないけどね?」


「サイサリーよぉ? せっかくオレが良いこと言ったのに台無しにすんなよな?」

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