第37話 剣士と剣術

「スガさん! ちょうどよかった、ちょうど伺おうと思ってたところなんですよ!」


 ハンスさんの武器屋を出て、自宅兼ギルドへと帰っている最中、ランさんと出会った。彼は恰幅の良い体を揺らしながらこちらへと駆けてくる。


「おやおや、木剣ですか? スガさんが剣術を……?」


「ええ、自分の身を守るくらい術くらいは身に付けたいと思いまして――」


 私は武器屋で木剣を一本買って帰っていた。これまでの人生で武器を振るう経験なんて剣道の授業くらいしかない。しかし、前々からこの世界で生きていくためには自衛の術はなにかしら必要だと感じていた。


 もちろん、ギルドで私に必要とされるのは「戦力」ではないとわかっている。――とはいえ、人数の少ない現状では、先日の護衛同様、表に出て仲間と行動を共にすることもあるはずだ。そうした際、足手まといになるのだけは避けたいと思っていた。


「僕でよければ手ほどきを致しましょうか? こんな体型でも一応、剣士ギルドの一員ですからね! わっはっは!」


「むしろこちらからお願いしようと思っていたところです。とても助かります」


 私はランさんに武器の扱いに関する経験や目標について話をした。今からどうがんばったところで、異世界の剣士たちと肩を並べられるとは思っていない。


 自身にいわゆる「戦う才」がないことは十分理解しているつもりだ。そこをわかった上で、あくまで「自衛」として技術を身に付けたい。私はランさんにこうした意思を伝えた。


「――スガさんは大人といいますか……、今の話を聞いて僕は正直、安心しましたよ?」


「大人……? それにですか?」


 ランさんは笑顔で何度も頷いていた。私が年齢的に「大人」なのは間違いないが、今の言葉の意味はきっと内面的な意味だろう。だが、まだ彼の言いたいことが今一つわからない。


 疑問が表情に出ていたのか、ランさんは歩きながら続きを話してくれた。


「厳しい言い方かもしれませんが……、今からスガさんが人一倍鍛錬を積んだところで世の『剣士』と同じレベルに立つのはむずかしいと思います」


 ランさんの言うことはもっともだ。そして、私もそこまで自惚れていない。


「努力で埋められる壁はあります。でも、逆にですね……、才能や年齢によってどうしても超えられない壁があるのも事実です。スガさんがもし、僕らと同じ『剣士』を目指そうものなら止めるつもりでしたよ? 『今からではもう間に合わない。諦めなさい』ってね?」


 彼の言いたいことは、「身の丈を弁えているか」ということなのだろう。


 ランさんを含め、私の周りでいえばカレンさんといった「剣士」は、きっと幼い頃から剣術の研鑽を積み続けてきたはずだ。さらに才能もあって彼らは剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」に属している。


 物事を始めるのに遅いも早いもない、努力をすれば叶えられる……、と言いたいところだが現実はそう甘くない。スタートが明らかに遅れているにもかかわらず、先を行く人に追い付ける、と思うことがもう自惚れなのだ。


 そうした意味では、たしかに私は「弁えている」。学生時代、一度は夢破れた人間だ。過小評価するわけではなく、明らかに手の届かないところは理解しているつもりだ。


「剣を握る世界は命のやりとりをしますからね……。半端な技術を身に付ける前にしっかりと線引きはしておきたいのですよ? 夢のない中年の意見ですけどね?」


 私はこの話を聞く前よりずっとこの「ランギス・ベルモント」という剣士を信頼できると感じた。気さくで穏やかな人柄もそうだが、年長者としての「責」をしっかり負っているのだと――。


「でもね、スガさん! ブレイヴ・ピラーの中では僕なんてホントに弱い剣士です。ただ……、そんな僕だから教えられる剣術もあるんですよ!」

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