第36話 忌まわしい記憶
「スガさんがギルドマスターか……。ラナちゃんも入ってるんだって、驚いたよ?」
私はラナさんの酒場と付き合いの深い近所のお店をまわって、ギルド紹介の貼り紙を頼んでいた。今は常連客の1人、ハンスさんの武器屋を訪れている。
「斬れない大剣」を売る依頼を引き受けて以来、彼の信頼を得たようで、その紹介から引き受けた仕事もいくつかあった。
「うちは武器屋だからな! 町はずれとはいえ、フリーの冒険家や賞金稼ぎなんかも出入りしてる。スガさんに紹介できそうなやつがいたら声かけておくよ」
「助かります。まだ人手を借りないとやっていけないくらいのギルドですから」
近所の宿屋、道具屋、そして武器屋と順番に巡り、世間話を交わしながらギルドの宣伝を依頼した。こうして間接的にせよ、協力してもらえる人たちが周囲にいるのは心強いと思った。
彼らとの関係はもちろん酒場の店主、ラナさんの影響力が大きい。一方で、私個人もそれぞれのお店で過去に依頼を受けた経緯がある。それゆえこうしたお願いも遠慮なくできる間柄になっているのだ。
ここは自身の「営業力」を誇っていいところだろう。剣を振るったり、魔法を扱えなくてもできることはあるのだ。
「――そういえば、王国南にある大きい遺跡、魔鉱石を運び出す目途が立ったらしい。ちょうど今、まもの討伐へ向かった部隊が凱旋してるんじゃなかったかな?」
ハンスさんはもみあげと繋がった髭を左手で撫でながら、そんな話を始めた。
「そういえば――、酒場の噂で聞いたような……? 王国軍のみの編成が珍しいとかなんとか――」
彼は「武器屋」ゆえに、王国やギルドへの納品も行っている。そのため、大掛かりな作戦の「前触れ」に気付くこともあるようだ。
もっとも、商売人の守秘義務として迂闊に口に出したりはしない。今、こうして口にしているのは、あくまでも「事後」ゆえだった。
「そうそう。ここ最近はまものを掃討するって言っても、ギルドとの混成部隊ばかりだったんだよな? アレクシアにいる身としては、やっぱり国の力を見せてほしいと思うわけだ」
私は幸い、異世界へやってくる前も戦争とは無縁の国と時代に生きていた。それでもハンスさんの言いたいことはわかる。例えば、あまり関心のないスポーツであっても「日本代表戦」となれば応援したくなったものだ。
自分のいる国は強くあって欲しい。これはきっと国家に属する者なら誰もが抱く感情なのだろう。
そんなことを考えると同時に私の脳裏には、いつかの「黒の遺跡」での記憶が甦っていた。「まもの」から無意識に連想してしまったようだ。
あの黒い不気味な姿。そして、私の「魔法」によって、あれが人と同様に意思疎通をしている知的生命体と知ってしまったこと。
これらの記憶は、目に焼き付いて離れない首を斬り落とされたまものの死体とともに頭の中で甦り、私は少し気分を悪くした。
「――どうした、スガさん? なんか顔色が悪いぞ?」
「大丈夫です。ちょっと立ち眩みを起こしたようで」
私は、改めてハンスさんにギルド紹介の件をお願いして武器屋を後にした。「まもの」という言葉、ここしばらく耳にしていなかったゆえに存在を忘れかけていた。いや――、きっと無意識に忘れようとしていたのだろう。
ギルドの運営を任された以上、きっとまたあれに関わることがあるかもしれない。
それでも、もし避けられるなら私はもう目にしたくないと思っていた。人と同様に意思をもつ生き物としての「まもの」にはもう決して触れたくないと――。
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