第35話 同郷

 魔法ギルド「知恵の結晶」にあるギルドマスターの部屋。


 隙間なく書籍が敷き詰まった本棚に囲まれた薄暗い部屋。机や床にも本が積まれており、紙とインクの臭いでいつも満ちている。


 アレンビーはこの部屋に入るたびに顔をしかめていた。わざとらしく2度ほどむせた後にギルドマスターのラグナ・ナイトレイの元へ歩み寄る。


 ラグナは40代半ばの男性。白と黒が半々くらいの頭髪は短く整えられていた。部屋の散らかりとは対照的に彼の着衣は整えられている。


「――空気の入れ換え、それに整理整頓してもらえませんか、マスター?」


 アレンビーは毎度呼ばれるたびに言おうと思っていた台詞をとうとう口にした。カーテンは閉め切られ、日の光が届かないここでは彼がどのような顔で聞いているかもよくわからない。


「仕事に関しては効率重視なんですよ? 傍から見ればたしかに散らかっているでしょうが、私はどこになにがあるかを把握しています。利用頻度の高いものは手の届く範囲に置いておかないと――」


 ラグナの言葉を聞いてアレンビーは軽いため息をついた。要するに――、片付けるつもりはないのだと。


『効率云々は百歩譲って……、外の空気を入れなさいよね? こっちは関係ないでしょうに』


 こちらの不満は口に出さなかった。きっと言っても無駄だとアレンビーは思ったようだ。ただ、顔には出ていたかもしれない。



「――どうでしたか? ギルド『幸福の花』、スガワラさんとの初仕事は?」


 ラグナがアレンビーを呼び出したのは、派遣先での初仕事を終えた彼女にその話を聞きたかったからだ。


「書類での報告通りですよ? ブレイヴー・ピラーから派遣されているランギス様は頼れるお方です。スピカはまだ見習いですが――、魔法の技量だけならすでにでも通用するレベルですよ? マスターもその目で見てますものね、説明不要かと――」


 ラグナは、魔法学校の親友同士であるスピカとアトリアが戦った際にその場所を提供した。ゆえに、2人の戦いをその目で見ている。


「スガワラさんは――、護衛の任で光る人ではなかったです。ですが、とても『いい人』だと思いましたよ。ラナ……『ローゼンバーグ卿』やカレン・リオンハート様が信頼をおいている方ですから」


「彼は戦える人間ではないでしょう。ですが、組織の長が『武』に秀でている必要はありません。私自身もそうであるように」


 ラグナの意見をアレンビーはおおよそ理解していた。組織をまとめ上げ、指揮する能力と戦闘能力はまったく異なる才。

 組織の規模が大きくなればなるほど、長は運営に特化した人間が就く傾向にある。その意味では「知恵の結晶」より、「ブレイヴ・ピラー」がむしろ異質と言えた。あれほど巨大な組織でありながら、状況によってはギルドマスターが最前線で戦っているのだ。


 アレンビーはそんなことを頭に思い浮かべながら、ラグナに1つ――、疑問を投げ掛けた。


「以前からお聞きしたかったことがあるのですが……、よろしいでしょうか?」


「どうぞ? あなたがなにを尋ねるかは自由です。そして、私が答えるか否かも自由ですがね?」


 ラグナの独特の言い回しに、アレンビーは本日2度目のため息を洩らす。


「マスターはその……、どうしてスガワラさんのことを気にされるのですか? 同じ『商人』だからですか?」


「ほう? おもしろい質問ですね?」


「『ローゼンバーグ卿』の動向を気にするのは理解できます。私たちに限らず、どこのギルドも――、果ては王国もおそらく気にしているはずです。ですが、マスターは明らかにスガワラさんの方を気にかけてますよね?」


 アレンビーの質問にラグナは黙り込む。暗い部屋に一時の沈黙が流れた。しかし、ラグナの顔付には余裕が見られた。彼女の質問に答える準備はあるが、なんと言葉にすべきか思い悩んでいるようだ。


「アレンビーは――、たとえばあまり面識がない人でも同郷の出だったりしたら気になりませんか?」


 質問に質問で返され少し困惑するアレンビー。ただ、その問い掛けに含まれる意図は十分汲み取れる。


「マスターとスガワラさんは、故郷が同じなのですか?」


 なんの邪推もない純粋なアレンビーの返答にラグナは笑みを浮かべる。


「その解釈で大体あっていますよ? 大体――、ですがね」

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