第34話 穏やかな決着

 グロイツェルはカレンの一閃を躱すと、後ろに大きく跳んで距離をとった。カレンは距離を詰めることなく、そのままの位置で呼吸を整える。


 息の乱れはグロイツェルにもあった。無数に繰り出されるカレンの連撃を防ぎ切ったのだ。表情こそ変えていないが、肩は上下に揺れ、口は小さく開いたままになっている。


 カレンは左手を何度か握り直す仕草をした後、改めてグロイツェルへと刃の切っ先を向けた。


 ――しかし……。


 グロイツェルは構えを解き、舞台を降りようとしていた。唐突に見せた彼の隙に対して一瞬、仕掛けようとするカレンだが、明らかな戦意の消失を感じ取る。


「どうした、グロイツェルっ!? なに勝手に終わらせてるのさ?」


「……お前の方がよく理解しているだろう? それとも、に聞いてみればよいか?」


 返事を聞いたカレンは表情を歪めた。その視線は自身の左手へと向けられている。


「ふん……、誤魔化せないか。悔しいけど私の負けだねぇ……」


「木剣での腕試しに過ぎん。お前の腕が鈍っていなくて安心した」


 それだけ言い残すとグロイツェルは訓練場の舞台を降りて行った。近くにいた2番隊の剣士に木剣を預け立ち去っていく。

 その背中は見つめるカレン。そこにリンカが近付いてくる。


「なになに? ずいぶん穏やかな終わり方してるじゃない? 見たところ怪我はなさそうだけど――」


「怪我はないさ。ただ、左手が痺れてねぇ……、力がうまく入らない。あのバカ力のせいだよ」


 カレンは左の木剣を脇に挟み、手を何度も握り直している。そうしながら先ほどの短い試合を振り返っていた。


 手数で攻めるカレンに対してグロイツェルはほとんど防御の姿勢。時折、反撃を挟む程度だった。しかし、彼の反撃はカレンの左に集中していた。今になって振り返れば、グロイツェルの攻撃はすべて意図されたものだとカレンは悟るのだった。


 2刀で戦うカレンは相手の反撃も咄嗟に片手で受けようとする。彼女自身、ここに弱点はないと思っていた。

 しかし、グロイツェルほどの怪力が相手となれば話は変わってくる。幾度かの防御に対してカレンの左手の力が限界を迎えていた。


 おそらくグロイツェルは、カレンが剣撃を受ける際の手応えと彼女の振るう攻撃の強さから左手の力が失わていることを感じ取ったのだろう。


「次に強力な一撃が左にきたら受けきれなかっただろうねぇ。――とはいえ、一刀流であれに勝てる気はしない。癪に障るけど今回は私の負けだ」


「へぇー、負けず嫌いのカレンに『負け』と言わせるなんて……。さすが一番隊の隊長様は伊達じゃないね」


「うっさいねぇ。イライラするからもう引き上げる。リンカもどっかいきな」


「はいはーい。八つ当たりされる前に消えますよ? せっかく呼ばれて来たんだから出血大サービスはないんですかね、文字通りの?」


「知るか。私が呼んだんじゃないし、文句はシャネイラに言いな?」


 カレンは不満気な表情のまま訓練場から引き上げていく。その場にいた2番隊の剣士たちもそれに続いて出て行くのだった。

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