第32話 怠惰な守り手

 ふたりの戦いは先ほどまでの「静」的なものから一変して「動」的なものとなっていた。

 2刀を操るカレンは手数で勝る。ゆえに距離を詰めたかと思うと一気に攻勢に出た。獣の爪が如く、流れる動作で絶え間ない連撃を繰り出す。

 しなやかな動きながら、その一つひとつに十分な重さを乗せてグロイツェルの守りを崩しにかかる。


 対してグロイツェルは、その長い得物を素早く小刻みに振るって彼女の刃を迎撃していく。その巨体から繰り出される剣の破壊力はもちろん、こうした巧みな剣技ゆえに彼は「達人」とも呼ばれているのだ。


 カレンの流れる動きのなかに――、あるかないかのかすかな隙を付き、時折反撃の一閃を繰り出すグロイツェル。

 カレンがじりじり押し込んでいるかと思うと、グロイツェルの一手で再び仕切り直す。両者まったく譲らぬ攻防が続いた。


 最初からほぼ表情を変えないグロイツェルに対し、カレンは獰猛な「獅子」の形相を見せている。得物こそ木剣ではあるが、彼女は本気で「狼」を狩りにきているのだ。




「ちょっとちょっとー、『流血パーティ』って聞いてやってきたのに、木剣での殴り合いじゃないですかー?」


 ふたりの戦いを見つめるシャネイラの元に、場の空気にそぐわない間延びした声が届けられた。

 気怠そうで――、それに加えて今日は面倒臭そうな表情を全開にして現れたのはリンカ・ティンバーレイク。ブレイヴ・ピラーの9番隊、救護専門部隊の隊長であり、この組織屈指の変人だ。


「もしも――、に備えて待機しておきなさい。手は空いているでしょう?」


「カレンの顔が本気マジんなってますねー。腕試しに限ってはホントちょろい性格してるんだから」


「相手に飢えていたのでしょう。本気のあの子とまともにやりあえる者はそうおりませんから。もっとも――、そこはグロイツェルも同様ですが」


「マスターのご命令とあらば大人しく見守ってますよ? 骨が砕けちゃったらすぐには治せませんけどね」


 リンカは欠伸をかみ殺し、片目にうっすらと涙を浮かべていた。ひょっとすると今の今までどこかで寝ていたのかもしれない。その姿をシャネイラは横目で一瞥し、薄い笑みを浮かべている。




 ふたりの試合はカレンが攻め、グロイツェルが受ける。時折、隙を付いてグロイツェルが反撃に出る。これを繰り返していた。

 グロイツェルはカレンの一手一手を平然といなしているが、彼女の斬撃は片方だけでも十分な威力を誇っている。その連撃を凌ぎ続ける彼の守りはまさに「鉄壁」。「賢狼」ならぬ「堅牢」と言えた。


 カレンは数歩後ろに退いて呼吸を整える。部下を何人も相手にしても息を乱さなかった彼女が、ここまでの攻防でわずかだが息を荒くしているのだ。


 しかし、カレンが守りに入ることはなかった。


 弾けるように地面を蹴ると瞬時に間合いを詰め、改めてグロイツェルの守りを崩しにいく。カレンは奇策、奇計を用いない。真正面から「堅牢」の突破を試みるのだった。

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