第31話 「武」と「知」
ふたりが動いたのはほぼ同時に見えた。
先に仕掛けようとしたのはカレン。しかし、グロイツェルはカレンが最初の一歩を踏み出す気配を察して前へ出る。ゆえに――、傍からは両者が「同時」に意を決したかに見えたのだ。
グロイツェルが振り下ろす一撃をカレンは紙一重で躱す。擦り抜けるように左側へ回り込み、右の一刀で渾身の剣撃を繰り出した。
『――っ! まったく……、頭が固いのは前から知ってるけどさ。身体まで硬すぎだろ!?』
カレンの刃をグロイツェルは左の前腕で受け止めていた。先ほどの彼の一撃は右手だけで振り下ろしていたのだ。
「腕」とはいえ、人の生身を打ったにもかかわらず、カレンの手応えはまるで「岩」を殴ったかのようだった。
彼女は左で追撃を加えようとするが、グロイツェルの右の返しが先に襲い来る。カレンは咄嗟に2刀を並べこの剣を受け止める――、が……。
彼女の身体は一瞬宙に浮き、4~5mほど飛ばされたところで接地する。さらに2,3歩ほど後退って地面を擦り、ようやくその動きを止めた。
「あれがグロイツェル様の『力』か!?」
「あんなのまともに受けたら、木剣でも死んでしまうぞ!?」
「それに……、カレン様の剣を腕で受け止めたのか……?」
カレンの部下にあたる2番隊の剣士たちはざわつき始める。彼女の隊は血気盛んな若者が多いため、噂こそ聞いていても実際にグロイツェルの剣を目にした者はほとんどいないのだ。
ブレイヴ・ピラーのなかでシャネイラは別格として――、カレンとグロイツェルは双璧を成す存在。その実力は互角と言われている。
しかし、第一線で剣を振るうカレンと後方にいることの多いグロイツェル。それは自然と、「武」のカレンと「知」のグロイツェルのように扱われていた。
「互角」なのはあくまで組織内の立場であって、剣の腕ならカレンが上。ブレイヴ・ピラーの剣士たち――、とりわけ彼女が指揮する2番隊の者たちはそう思っていたのだ。
『今の一撃も――、カレン様だからこそ咄嗟にいなしている。正面から受ければ木剣ごと腕を砕かれていたかもしれない』
2番隊の副長、サージェも驚きを隠せないでいた。
彼は決してグロイツェルの実力を疑っていたわけではない。しかし、誰よりもカレンを敬愛しているからこそ、ふたりの実力に対してカレンを贔屓目に見ていたのだ。
「――ったく、相変わらずの頑丈さとバカ力だねぇ? まだ腕が痺れてるよ」
カレンは飛ばされたその位置から大きな声でそう言った。グロイツェルは無闇に距離を詰めるでもなく、再び剣先をカレンに向けて構える。
「あえて一撃もらってみたが――、悪くはないな。私でなければ腕の骨は砕け、そのまま胴までもっていけただろう」
「お褒めにあずかり光栄ですこと。けど……、その程度で満足してもらっちゃ困るねぇ」
カレンも再び2刀を構える。彼女は距離こそ飛ばされたもののダメージはない。しかし、今の剣撃を受け止め改めて「賢狼」の実力を理解した。
『単なるバカ力だけならどうってことないんだけど……、疾くて、速い! 私が思っていた以上に、だ』
心の中でグロイツェルの力を再認識したカレン。彼女は無意識にぽつりと一言、言葉を洩らした。
「――楽しいねぇ」
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