第30話 獅子と狼
2番隊の剣士の1人は慌てた様子でこの場を離れようとした。ブレイヴ・ピラーの中では、グロイツェルとカレンの不仲説がまことしやかに囁かれている。
この2人が本気で戦いを始めたらここにいる誰も止められない。止められるとしたら――、ギルドマスターのシャネイラくらいのものだ。
「――心配せずともマスターにはすでに伝えている。2番隊の者の剣の指導に付き合ってくるとな」
たしかにカレンは2番隊の隊長、ゆえに彼の言うことに間違いはなかった。
「さてさて……、私をどう指導してくれるのか? 楽しみだねぇ」
カレンは今の軽口を最後に――、2刀を構えるとその表情を一変させる。親しみやすいいつもの雰囲気は消え、「敵」と相対するときの武人のそれとなった。
「先日、マスターが襲撃を受けた一件……、以前にカレンが取り逃した男が関与していたそうだな?」
「『サーペント』のオージェだったかい? まさか1番隊の隊長様がそれのお説教ってわけじゃないだろうねぇ?」
「その男についてマスターはこう仰った。『取るに足らない戦士』だったと――」
「……そうかい」
「腕が鈍っていないか――、私が確かめてやろう」
「表にさっぱり出て来なくなったあんたに言われるとは思わなかったねぇ? そっちこそ剣を振るう機会が減ってるだろう? 鈍りきってやいないか、逆に確かめてやろうじゃないか?」
カレンの言葉を受け、グロイツェルは一般的な剣より3分ほど長い専用の木剣を構えた。彼はカレンほど表情が豊かではない。ゆえに、剣を手に取った前と後でそれほど顔つきに変化はなかった。
しかし、発せられる「覇気」、「闘気」――、とでもいうのだろうか、彼の周囲を纏う空気が明らかに変わる。
2番隊の剣士に呼ばれるまでもなく、シャネイラはグロイツェルより少し遅れて訓練場に姿を現していた。カレンの部下は彼女の姿を確認するなり、駆け寄って今の状況を説明する。
「フフ……、お互いに木剣なら心配せずともよいでしょう。ですが、念のためリンカをここに呼んでおきなさい? きっとどこかで油を売っているでしょうから」
シャネイラの指示を聞き、1人の剣士が救護室へ向かって走っていく。その姿を見送るでもなく、シャネイラの視線は舞台上の2人へと向けられた。
元々、剣術の修行で集まっていた2番隊の剣士たちも両者の様子を息を呑んで見つめている。果たしてどちらが先に動くのかと――。
グロイツェルはその体格に似合わず、力みを感じないゆったりとした構えで木剣の切っ先をカレンへと向けていた。対するカレンは左の剣先をグロイツェルを指し、右の木剣は地面へと向けられている。
「試し合い」といえど、ふたりから漂う気配は真剣そのもの。「獅子」と「狼」の戦いがここに始まろうとしていた。
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