第25話 「頭」と「手」
アレクシア王国と南の小国がまとまった連邦との国境付近――、ハインデル率いる王国軍の向かった遺跡はちょうどそのあたりに位置していた。
通称「黒の遺跡」と呼ばれる遺跡からあふれ出した「まもの」が王国に迫りかけたアルコンブリッジの戦い――、それに加え、遺跡の場所が神経質ゆえにこれまで王国はここの発掘調査に二の足を踏んでいた。
そこに名乗りを上げたのが「知将」ハインデル。彼は直属の部下といくつかの小隊を率いてかの遺跡へ乗り込もうとしていた。
「ハインデル様! 遺跡の入り口は2か所、どちらも騎士団と魔導士団の配置は整いました! いつでも突入できます」
遺跡の外につくられた野営地でハインデルは兵士からの報告を受けている。彼が軽く首を捻ると「コキッ」と音がした。
「準備ができたのなら突入させろ。どちらの隊も勝手に暴れさせた方が成果を出す連中を選んでいる。オレがわざわざ顔を出すまでもない」
ハインデルの返答を聞いた兵士は、わずかに躊躇いの表情を見せた。最前線――、とまではいかなくともギルドとの混成部隊の場合、指揮官がそれなりに前へ出る機会が多かったからだ。
「貴様は――、頭突きは得意か?」
「はっ……? 頭突き――、でしょうか?」
「そう、頭突きだ。得意か?」
「いっ――、いいえ。得意かと問われるとそうではないと思います」
「――だろうな? そんな奴は滅多におらんだろう」
「は、はぁ……?」
「――いいか、よく理解しておけ? オレは『頭』だ。わざわざ頭突きで敵を倒す戦士などおらん。薙ぎ払い、叩きのめすのはあくまで『手』の仕事だ? わかったらさっさと部隊を突入させろ。やつらは好き勝手やらせた方がよく働く。補給線の維持にだけ気を遣えばよい」
「はっ、はい! 失礼致しました!」
ハインデルの指示を受けた兵士は彼の控えるテントを飛び出していった。その姿を見つめながらハインデルは軽いため息をもらす。
『ギルドの指揮官が前線に出るのは、
◇◇◇
王国軍の囲んでいる遺跡は、「黒の遺跡」同様に巨大なピラミッド型をしていた。しかし、中に入ると道はアリの巣のように下へ下へと続いている。
入り口は北と南にあり、それぞれの経路から5人1組の小隊が中へと入っていく。
どちらの隊も先頭を行くのはハインデル直属の剣士。北の入り口は、短い黒髪の女性剣士が前を進んでいた。左目に黒い眼帯をしており、歳は20代後半くらいに見える。
「――アイラ様とご一緒できるとは光栄です! 剣を振るう機会が少ないだけで、自分はアイラ様こそ『王国最強』だと思っておりますから!」
後ろから続く若い剣士の1人がそう言った。どうやら先頭を進む女性の名は「アイラ」というようだ。
「――『最強』? そんなのはどうでもいいです」
アイラは声の主を見向きもせず、感情のこもらない声で返事をした。
「アイラ様はそうかもしれませんが……、自分は、騎士団にも所属していない剣士が国を代表するかのように言われているのが我慢ならないのですよ?」
「『最強』など、周りが勝手にそう呼ぶだけのものでしょう? そこに価値は感じられません。与えられた任を全うし続ける。まものであれ、人であれば――、命令とあらば斬り捨てるのみ。その果てにもし『最強』があるのなら勝手に呼べばいい。私はそんなものに拘るつもりはありません」
無機質なアイラの返答に、若い剣士の熱は急速に下がっていく。そんな後ろの様子にまったく関心を示さず、彼女はただ前だけを見て奥へ奥へと進んでいく。
「――ただし、あちらの部隊に後れをとりたくはありません。後々うるさいのが向こうにいますから」
◇◇◇
一方、南の入り口は、明らかに若い――、20代前半か……、下手をすれば10代にも見える男が先頭を歩いていた。
なにか楽しいことでもあったのか、口元を緩めにやにやとした笑みを浮かべながら前を進んでいる。
その隣りを彼と同じくらいの背丈の女性が歩いている。こちらは両手に杖を抱えており、服装からも魔法使いと思われた。
「レギル様! もう少し周囲を警戒されてはいかがか? どこにまものが潜んでいるかもわからんのですぞ?」
躊躇いもなく前を突き進んでいく「レギル」の背中に、後ろから続く剣士の1人が声をかける。
「バカか、お前らは? 気配がしねぇから進んでるんだろうが? いい歳してそんなのも気付けないから下っ端なんだよ?」
「――レギル、余計なことは言わないでもらえますか? 隊の指揮をいたずらに下げるのは関心しません」
悪態をつくレギルを隣りの女性が窘める。彼は不満気な表情を見せたが、その女性としばらく視線を合わせたあと、なにも言わずにまた歩き始めた。
「こんな狭っ苦しい場所じゃ魔導士様の出番なんてないと思いますけどねぇ? この任務は俺様とアイラのどっちがまもの多くを狩れるかの勝負だ。てめぇらは補給だけしてくれれば十分」
「あなたが勝手に競っている気になってるだけでしょう? アイラと違ってあなたには『私』というお守りが付いてること……、ゆめゆめお忘れにならないように」
レギルは魔導士の一言に舌打ちをもらして一瞥するのだった。
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