第23話 ほんの少しの手助け

 「灯台下暗し」とはよくいったもの。


 私は今日、マクリオくんとアクアさんの会話を何度か耳にしている。多くは、公演前に緊張していたり、失敗を引きずるアクアさんを兄のマクリオくんが励ましているところだった。


 きっと彼らの会話は今日に限ったものではなく、連日こうしたやりとりをしているのだと私は思った。


 最初はなんてことない兄妹の会話と思って聞いていた。


 アクアさんの緊張は失敗に対する不安が根源にあるのだと察することはできた。


 ただ、私はそれより気になることがあった。それはマクリオくんが妹を安心させるために告げる言葉。



『――アクアはただ練習と同じようにやったらいいんだ。なにかあっても僕がフォローする』

『――アクアが舞台にさえ立ってくれれば僕がなんとかする』

『うん、僕に任せたらいい。アクアはいつも通りで大丈夫』

『――アクアはまだお客の前ではやったことないんです! これくらいの怪我どうってことありません! 僕がやりますよ、座長!』



 特におかしな言葉はない。ただ、聞きようによっては、アクアさんに期待していないようにも感じる。

 ――とはいえ、マクリオくんは妹の技量を「自分以上」と評価している。期待がないなんてことはないはず。これは「兄」ゆえに彼女を守ろうとして自然と出ている言葉なのだ。


 一方で、私の予想ではアクアさんがもっとも認められたい相手は他ならぬ兄のマクリオくんだと思った。


 それゆえ私はマクリオくんにこう話していた。「自分を頼れ」ではなく、「アクアさんに任せたい」と伝えてあげれないか、と。


 もちろんこれは彼自身が本心でそう思っていなければできない相談だ。だが、マクリオくんと話して、彼がいかに妹の技量を評価しているかは理解できた。それならきっと――、彼の本心で、彼自身の言葉で「守る」ではなく、奮い立たせることができると思ったのだ。


 もっとも、これにはきっとアビーさんの話の一押しもあったはず。彼女は言葉なしに、パララさんとコンちゃんとの見事な連携をやってのけた。それはふたりを理解しているがゆえの信頼が成せる技だと。


 マクリオくんはきっと誰よりもアクアさんを理解している。だからこそ、彼女を信頼して任せることもできたはずだ。



 アクアさんを緊張から解き放ったのは間違いなくマクリオくんだ。そこに私はほんの少しだけ力を貸したに過ぎない。それでも、「護衛」としてはほとんど役に立てない私がここに来た意味を見出すことができた。そういう意味では、私も救われたひとりなのかもしれない。



「ユタタさん! マスター・スガワワユタタさん! もうすぐ出発ですよ! 早くこっちの馬車に!」



 感慨に耽っていた私の耳にコンちゃんの大きな声が飛び込んできた。


 無事に城下町へ帰るまでが護衛の仕事――、彼女の声に応えて私は馬車の荷台に飛び乗った。


 ――そして、この先は何事もなく無事に町へと戻ることができた。こうしてギルド「幸福の花」の初仕事は終わりを迎えたのである。

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