第19話 小さな巨人

『切羽詰まった奴がとる行動なんて――、わかってるんだから!』


 盗賊の退路を塞いだのはアレンビーの魔法「フレイムカーテン」。彼女はこれを放った後すぐに次の呪文詠唱を開始していた。次に訪れるかもしれない「最悪の事態」に備えて――。


 彼女に呼ばれたパララがすべての状況を把握していたとは思えない。しかし、アレンビーの視線と充填される魔力から、自分が成すべきことを瞬時に判断する。

 

 それは――、岩が傾き、落下を始めた瞬間だった。



「スピカっ! は任せたわよ!」



 アレンビーの杖の先は巨大な岩へと向けられている。その姿は剣士が剣を掲げるかのようだった。そこにもうひとつ――、やや下から同じ方向へと向けられた杖がある。

 彼女の隣りに立つのはやや背丈の低い、パララ・サルーン。


 お互い意思疎通の言葉は交わしていない。しかし、呪文を放つ言葉はまったくの同時だった。



「「ヴォルケーノっ!!」」



 灼熱の火球が2つ――、まるで競り合っているかのごとく落下する岩へ向けて飛び込んでいく。

 そして、斜め下から抉り込むように直撃した。一瞬の閃光と轟音。岩は粉々に砕け散り、細かくわかれた破片の雨が周囲に降り注ぐ――、と思われた。


 しかし、2台の馬車の周囲一帯だけまるで空気が粘度をもっているのか、岩の欠片は空中でその落下速度を緩め、静かに地面へと向かっていく。


 アレンビーとパララの後ろには、真剣な眼差しで宙を睨み付けるスピカの姿があった。



「やりましたっ! 先生、それにパララ先輩もさすがです!」


「ふん、悪党の悪あがきなんてお見通しよ……。スピカもさすがね?」


「――アビー先生?」


 盗賊の「切り札」を文字通り、破壊して余韻に浸るアレンビー。そこにパララからの「アビー」が耳に入り、その顔を苦い表情へと変えるのだった。




 事態は完全に収束。1台の馬車に集まっていたスワロー一座の面々は、スガワラたちと駆け付けた剣士たちにお礼を言いながら改めての出発準備に取り掛かる。


 ランギスの説明によると、駆け付けた剣士はブレイヴ・ピラーの1番隊――、「賢狼」グロイツェル管轄であり、それはランギスが所属している隊でもあった。

 彼らは彼らでギルドの依頼を受けて、この道を進んでいた。たまたま、隊の情報網でそれを知ったランギスは、湖畔の休憩所で合流し、護衛を兼ねての併走を頼む予定でいたのだ。


 しかし、旅の一座は思っていたより短い時間で休憩を終えて出発することになった。ゆえにランギスは、スガワラたち仲間にもあえてこの話についてふれていなかったのだ。


 盗賊に足止めをくらった時点でランギスは、少しの時間を稼げば後ろからやってくる部隊があることを知っていた。彼の余裕はこのあたりに起因していたのだろう。



「まさか、こんなところでユタタさんたちとお会いするなんて驚きました」


 お互い別々の依頼を引き受けた身ゆえに、パララは簡単な挨拶だけを皆と交わしていく。

 スガワラはこのときのパララに妙な違和感を覚える。仲間の剣士たちと連携をとり、テキパキと動く彼女の姿は自分の知っているそれと別人に映ったようだ。

 疑問が顔に出ていたのか、首でも傾げていたのか、隣りにアレンビーがやって来て話しかける。


「スガさんは初めてですか? パララを見るのは?」


「ええっと――、こう言うと失礼かもしれませんが……、いつもはもう少し頼りない雰囲気があったなと――」


「変わるんですよ、あの娘。こと魔法を使う局面になると、冷静で知的な『魔法使い』が顔を出すんです。おどおどしてるパララしか知らないとびっくりしますよね?」



 スガワラとアレンビーが並んで話しているところへ、話題の中心であるパララが駆け寄って来る。

 小動物のような彼女の動きを見て、スガワラの顔は自然と綻んでいた。


「途中までの道は一緒ですから、ここからは私たちも併走していきます。ゆっくりお話しできないのは残念ですが……、そこはまた酒場で」


「はい、ありがとうございます。とても心強いですよ、パララさん」


「ユタタさんに言われると照れます。では――、私はしんがりの騎馬に乗りますので、これで」


 パララは大きな三角帽子を手で押さえ、ぺこりと頭を下げた。そして、後ろに控える剣士と騎馬の元へ駆けていく。


「また、お話しましょう? ユタタさん、!」


「こらっ! パララにその呼び方許可した覚えはないわよ!」

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