第16話 演技

 スワロー一座を足止めしたのはこのあたりで悪名高い盗賊団だった。彼らが睨みを利かせるなか、ランギスとアレンビーはスピカとスガワラ、そして旅芸人たちに事情を説明していく。


 この場にいる盗賊は4人。本来ならランギス、アレンビー、スピカが力を合わせれば取るに足らない相手だろう。しかし、落石が非常に厄介だった。仮に人は避難させられても、馬車を即座に移動させることはできない。


「あたしの魔法なら止められるかもしれません」


 スピカは彼女なりに必死に声を抑えてそう言った。普段の声量が必要以上に大きい彼女ゆえに小さい声で話すのは苦手のようだ。


「バカ言わないで? 人の何倍の重さがあると思ってるの? あんなのが転がり落ちてきたらさすがに無理でしょう?」


 アレンビーはスピカの魔力を正確に把握できているわけではない。だが、視界に映る岩は到底、人の力でどうこうできる重さには見えないのだ。



「皆さん、それにアビーさんも落ち着いてください。盗賊の好きになんてさせませんよ? 少しの時を稼げればなんとかなります」



 この状況でランギスは不釣り合いな笑顔を見せた。不安に駆られるスワロー一座の皆を安心させるためにわざとやっているのだろう。



「もういいよ……。これで村への到着が遅れたらきっと公演も中止になる。私が舞台に立たなくてよくなる」

「アクア! なんてこと言うんだ!?」


「しっ! 静かに。とりあえず今は盗賊を刺激しないのが得策です。幸い、手を出してくる気配はありませんから。それに――、ランさんの言葉にはなにか確信めいたものを感じます」



 スガワラも、ランギスが「少しの時を稼げれば――」といった真意については理解できていなかった。ただ、この場にいる人をただ安心させるために言った台詞とは思えなかったのだ。


 そのランギスは盗賊の目を盗んでスピカに手招きをする。そして隣りにやってきた彼女の耳打ちをした。スピカは無言で頷いている。



「おい、お前ら! なにをこそこそ話してやがる!?」



 盗賊のひとりがランギスの元へやって来る。威嚇するように睨み付けているが、そんなことで動じる人間は少なくとも「ブレイヴ・ピラー」には存在しない――、のだが……。



「すっ、すみません! その――、実はこの馬車でこっそり魔鉱石を運び出していたんです! 売ればそれなりの金額になります! 全部あなた方に差し上げますからどうか見逃してもらえないでしょうか!?」



 ランギスは突然、地面に膝を付き頭を下げてそう言った。そして彼の言った「魔鉱石云々……」に誰もが顔にこそ出さないが、疑問を浮かべる。

 そして数秒遅れで皆がほぼ同時に理解した。これはランギス渾身の演技で、なにか作戦があるのだと。



「魔鉱石だとぉ!? てめぇら単なる芸人のフリしてこっそり『運び屋』なんかやってやがったのか!?」


 盗賊の1人が大きな声を上げたことで、残りの3人も集まってきた。


「今、魔鉱石って言ったか?」

「おうよ! この奥に積んであるらしい。これは予想外の収穫だぜ」

「今日はついてるなぁ。さっさと運び出そう!」


 盗賊たちは2人が外で周囲を見張り、残りの2人はずかずかと馬車の荷台に乗り込んできた。そして、ランギスの指差す木箱に手をかける。


「へっへ、これか? ――んっ!? おいっ! ちょっと手伝え! 思ったよりずっと重たい」


 盗賊2人はそれぞれ木箱の両端を掴み、タイミングを合わせて持ち上げようとする。しかし、木箱はまるで釘で固定でもされているかのように微動だにしない。



「――あの箱の中身は、単なる小道具のはずですが……」



 旅芸人の1人が小さな声でそう呟いた。彼の仲間たちや座長も首を傾げている。そのなか、1人の少女はかすかに口元を緩めて盗賊の様子を見つめていた。その娘はスピカ・コン・トレイル。

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