第13話 兄

 短い休憩を終え、スワロー一座は出発の準備に取り掛かっている。マクリオくんとアクアさんの2人は再び後ろの馬車へ乗り込むことになった。下手に座長と一緒にしてしまうと、道中延々と次の公演についての話し合いになってしまうからだろう。


 ――とはいえ、当人2人が次の舞台に納得している様子はない。今にも逃げ出してしまいそうな表情のアクアさんと苦渋を浮かべるマクリオくん。


 目的地に着くまでに少しでも彼らの気持ちを楽にしてあげられる方法はないだろうか?


 今、私のなかには1だけ気になっていることがあった。あくまでまだ、「直観」のレベルなのだが、ひょっとしたらアクアさんの不安の根源にあるのは……。



「――もう出発ですか。こちらの都合に合わせてもらうわけにもいきませんからね……」



 聞こえてきたのはランさんの独り言のようだった。手紙――、おそらく「魔法の写し紙」を手にしながらなにやらぶつぶつと呟いている。


「ランさん、どうかされましたか?」


「ああ、これはスガさん! いいえ、ちょっとギルドから連絡が入りましてね。大したことではありませんよ」


 彼は笑顔でそう言って手紙を折りたたんでポケットにしまった。


 彼の派遣元である「ブレイヴ・ピラー」はこの国で最大規模のギルドだ。きっと仲間内で様々な情報の行き来があるのだろうと察する。


「ここまで馬車を飛ばしてましたし、休憩も短めでしたからね。この分なら次の村へは予定通りか、幾分早く到着しそうですよ?」


「何事もなければ――、ですね? たしかここからの道が今回一番危険だと……」


「なにも起こらない。そう祈りましょう! 僕もできれば剣を振るわずにいたいですからね!」




 馬車の中は再び、私とコンちゃん、マクリオくんとアクアさんの兄妹が一緒だ。観戦にふさぎ込んでしまっている彼女にコンちゃんは気を使ってか、隣りでいろいろと話しかけているが、反応は決してよくない。


 成り行きで私とマクリオくんが隣り合わせで座っている。彼は彼で足の怪我と――、それによって妹に負担をかけ責任を感じているようだ。


「妹さんが心配だとは思いますが、これまで何度も舞台をこなしてきているのでしょう? きっと期待に応えてくれますよ?」


「アクアは……、失敗を引きずる方なんです。今日の2回もそれとなく僕がフォローしていたんです。でも、目立つ方になるとそれもむずかしくなります。兄である僕がなんとかしてあげないと――」


 私はアクアさんへと視線をやる。彼女はずっと体育座りになって顔をうずめたままだ。さすがのコンちゃんも困り果てて、ただ横に座っている状態になっている。


「マクリオくんは――、アクアさんの技量をどう思っていますか?」


「技量……? 芸の技術ってことですか?」


「ええ。性格的な向き不向きは別として、技術的な面でどう見ているのかな、と――」


「アクアはすごいですよ。練習の時なんかは僕よりもいい動きをするんです。座長も実は、どこかのタイミングで僕たちの役を入れ換えたいと思っていたんだと思います。妹の方が華がありますから」


 妹について語るマクリオくんはとても誇らしげに見えた。いや、実際に誇らしいのだろう。彼女の実力を「自分以上」と認めているのだ。


「なるほど。でしたら、ひとつ……、私の言うような言葉をアクアさんにかけてもらえませんか? マクリオくんなら偽りではなく『本心』で伝えられると思うのです」


「……えっ? それはどういう――」



 私は今日何度か耳にしてきた兄妹の会話からある仮説を立てていた。ひょっとしたらこれがアクアさんの不安を取り除く一助になるかもしれない、と。


「――まさか……。いや、でもそうなのか? だとしたら、僕はこれまでなにを――」


 私の話を聞いたマクリオくんは虚空を見つめながら自問自答を始めた。きっと過去の記憶を辿り、考えをまとめているのかもしれない。その一部が声に出てしまっているのだろう。


「気を悪くされたら申し訳ありません。ですが、たまたま小耳に挟んだおふたりの会話からそう思ったんです」


「いっ……、いいえ。スガワラさんでしたっけ? 言われてみたら僕にも思い当たる節がなくもありません。妹が落ち着いたら話してみます」


 マクリオくんと話してみて、彼はとても好青年だと思った。そして――、妹のアクアさんを誰よりも大事に思い、案じてもいる。ただ、それゆえに……。



「あれっ!?  ! なんか馬車が止まりそうですよ!」



 私の呼び方は一旦置いといて――、たしかに馬車が明らかにスピードを落としている。目的地まではまだまだ距離があったはずだが?



「――前の馬車が止まってるんだ! ちょっと様子を見てくる!」



 馭者席の方から大きな声が飛んできた。どうやら前を行く座長さんやランさん、アビーさんを乗せた馬車が止まっているみたいだ。


 私はなにか――、胸騒ぎを感じていた。

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