第12話 代案

 アクアさんは花がとても好きのようだ。昼食を終えた後、彼女と兄のマクリオくんは村の中を散策していた。そして、岸壁の隙間から覗く可憐な花を見つけたのだ。




◆◆◆




「兄ぃ! 危ないからいいよっ! それにお花摘んだら可哀想だよ!」


「これくらいなんてことないよ? いいからそこで待ってな?」


 マクリオは岸壁のくぼみに足を引っかけながら、アクアの見つけた花を目掛けてよじ登っていた。

 アクアは兄を心配しつつ、誰かに見つかったら怒られるのではないかと周囲も気にしていた。おろおろと困った表情で兄と周りに目が行ったり来たりしている。



「――あっ!!」

「うわっ!!」



 マクリオは花に向かってうんと手を伸ばしていた。だが、あとほんの数センチ――、その手は届かない。彼が少し無理な姿勢でさらに手を伸ばしたとき、重さが偏ったのか、岩のくぼみの片方が崩れてしまったのだ。


 曲芸をやってのける彼は運動神経がとてもいい。咄嗟に態勢を立て直して地面に着地したまではよかった。だが、彼が思っていた以上に高いところまで登っていたようで、着地の衝撃は相当なものだった。彼の右足を激痛が襲ったのだ。




◆◆◆




 ランさんが肩を貸しながら、マクリオくんは場所の止めてあるところまでやってきた。そこでこれまたランさんが慣れた手つきで包帯を巻いていく。


「今しっかりと固定しましたからね! あまり動かしてはいけません。無理をしなければ一晩できっと痛みは完全に退きますよ?」


「ひっ……、一晩かかるんですか?」


 マクリオくんの表情には明らかに焦りがあった。そして、座長を含めたスワロー一座の人たちは困惑している。これからの次の公演会場に移動しようというときに、主役の1人が怪我をしてしまったのだから当然だろう。



「とりあえず――、次の村へ向けて出発しましょう。あまり時間に余裕はありませんから。先のことは馬車の中で話す。いいな、マクリオ、アクア?」



 ノーラン氏の指示の元、スワロー一座と私たちを乗せた馬車は慌ただしく村を出立した。


 私とコンちゃん、アビーさんの3人が後ろの行く馬車の荷台に乗り込み、前の馬車にはノーラン氏とマクリオくんたち2人、傷が痛んだときに備えてランさんが乗り込んで走っている。


 スピードを上げているのか、先ほどの村へ向かっていたときより荷台の揺れが激しく感じた。

 前を行く荷台の中では次の演目をどうするか相談しているのだろうか? この揺れのなかで話し合いなんてしていたら舌を噛んでしまいそうな気がする。



 次の村へ向かう道中、小さな湖の畔で一度休憩を挟んだ。そこには隊商向けの休憩所が設けてある。当初の予定では、30分ほど休んでから先へ進むはずだった。だが、マクリオくんの怪我というトラブルもあってその時間も短くする予定だ。



「座長っ! 私じゃ無理です! なんとか……、なんとかできないですか!?」

「アクアはまだお客の前ではやったことないんです! これくらいの怪我どうってことありません! 僕がやりますよ、座長!」


「アクア、お前は兄のようになりたいんじゃないのか? そのために練習を積んできたのだろう? その機会がたまたま今日巡って来たと思えばいい。そして――、マクリオ、明日も明後日も舞台がある以上、今お前を無理させるわけにはいかん」



 私たちが馬車の荷台を降りると、大きな声が耳に飛び込んできた。座長のノーラン氏とマクリオくん、アクアさんが言い争いをしているようだ。


 ランさんが頭を掻きながら私たちのところへやって来る。そして、移動中に話し合われた内容について教えてくれた。


「――簡単に説明しますと、あの兄妹の役割を入れ換えるようですよ?」


 ランさんの話だと、アクロバティックな動きを披露して見せるのはいつもマクリオくんの方。一方で同じ舞台に立ち、魔法を使って派手な演出を施しているのがアクアさんらしい。

 魔法を使っている側は実はそれほど大きな動きをしておらず、足への負担はとても少ない。


 今日2回も舞台を見ているのに私は彼らの「分業」に気付いていなかった。


 しかし、実はあの兄妹は互いにどちらの役割もこなすことができるそうだ。ただ、実際に舞台を立つときは目立つ方をマクリオくんが必ず行っている。


「大丈夫かしらね? ただでさえ緊張しいだって話なのに、慣れない役をやって――、お兄さんの怪我も負い目に感じてそうだし……」


 アビーさんはまだ続いている言い合いを遠目に見ながらそう呟いた。その表情はとても不安そうにしている。


「あたしがなんとかアクアさんを励ましてみましょう! ユタタタタさんも力を貸してください!」


 一方で、こんな状況でもコンちゃんはとても元気で前向きだ。彼女の言う通りで、私もなにか力になってあげたいと思った。


 それにしても……、謎に増えていく「タ」。


「――コンちゃん、私の『タ』はそんなにたくさんいりませんよ?」


 アビーさんは表情を崩してクスッと笑い、困った顔をしていたランさんにも笑顔が見られた。



「はい! えっ……と、『ユタさん』?」



 コンちゃんは――、極端。

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