第10話 緊張

「兄ぃ……、ごめん。さっきは3回も失敗しちゃった」



 旅の一座「スワロー」は村での公演を無事に終えた。村人たちの計らいで昼食をいただき、私たち護衛の面々のそれにあやかっている。

 気持ち良い陽射しを浴びながらふかふかのパンをかじっていると、近くに座っている兄妹の会話が聞こえてきた。



「気にするな。観客の誰もミスになんて気付いていない。アクアはただ練習と同じようにやったらいいんだ。なにかあっても僕がフォローする」


「……うん」



 先ほどの舞台について振り返っているみたいだ。マクリオくんの言う通りで、アクアさんがミスをしたなんて気付いた人はいるのだろうか?


 少なくとも私は気付かなかったし、観客の反応を見ていてもそれらしい雰囲気はなかった。話の内容から察するに、きっとマクリオくんがそれとなくフォローしたのだろう。

 ひょっとしたら城下での演目を終えた後、表情が暗かったのも私には気付けない失敗があったからかもしれない。



「兄ぃ、どうしよ? 次はもっと失敗しそうな気がする。お客さんもここより多くなるんだよね? 私……、身体が思うように動かないよ?」


「なにも心配いらない。僕ら2人が1組になってスワローを引っ張ってるんだ。アクアが舞台にさえ立ってくれれば僕がなんとかする」


「兄ぃに……、頼ったらいいの?」


「うん、僕に任せたらいい。アクアはで大丈夫」



 私は微笑ましい兄妹の会話だと思った。ただ、座長のノーラン氏がわざわざ気に掛けるくらいだから、これはきっといつもの光景なのだろう。兄のマクリオくんがフォローし、励ましてもアクアさんの緊張を無くすことができないのだ。


 さて――、ある意味で一蓮托生とも言える兄の言葉をもってしてもできないことを今日出会ったばかりの私が話をするくらいでなんとかなるものなのか?



「今、舞台を終えたばかりなのにもう次の心配しちゃって……。聞いてたとおりで数を重ねると緊張が増してくるみたいですね、あの子?」


 アビーさんは右にまとめた長い髪を手で弄びながら、兄妹を心配そうに見つめている。


「あの――、アビーさんは緊張するとき、どう対処なされてるんですか?」


 私は、自身の興味もあって彼女に問うてみる。一流の魔法使いであり、魔法闘技のスター選手でもある「アレンビー・ラドクリフ」は緊張とどう戦っているのか?



「対処? なにもしませんよ、私は」



 あまりにあっさりと答えられて私は驚いた。まさかあれだけ人の視線を集める闘技場に立ってもまったく動じないというのか?


「えっと――、勘違いしないでください? 緊張しないわけじゃないですよ? さすがにそこまで神経太くありませんから」


 アビーさんは彼女なりの考え――、というか「流儀」を語ってくれた。


「緊張って、心と体が『力を出そう』って理解してるからこそ起こると思うんです。だったら無くす必要なくありません? 私は向き合います。これは無くしてるわけじゃありません。それを含めて楽しめるよう意識するんです」


 彼女はそう言ったあとに、「――といっても、私だって逃げ出したくなるときだってありますけどね」と笑って付け足した。



 なるほど。私も決して大舞台に強い人間とはいえず、人並みかそれ以上に緊張をする。ゆえに、月並みな対処法をいくつかもっていたりする。だが、それらは「紛らわせる」ものであって「向き合う」ものではなかった。


 名門魔法学校を首席で卒業し、国を代表する魔法ギルド「知恵の結晶」でもすでに頭角を現していると聞く。そして、魔法闘技の世界ではすでに人気筆頭格の地位を築いている人だ。

 こんな些細な話ひとつをとっても、「アレンビー・ラドクリフ」という人間の凄みを私は改めて感じていた。

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