第9話 最強

 スガワラたち「幸福の花」一行が初任務に赴いた日――、アレクシアの王城では軍の会議が行われていた。


 近隣諸国と共に、ところどころ「×」印の入った大きな地図を広げている。王国の宰相から各騎士団、魔導士団の隊長、それに官僚が数人顔を連ねている。



「――魔鉱石の採掘が滞っております。『アルコンブリッジの戦い』から消極的になるのもわからないではないですが、このまま放っておくと流通価格は上がる一方。他国からアレクシアの国力を疑われるやもしれません」



 恰幅の良い官僚はそう口にした。口髭が重力に逆らって綺麗にはね上がっている。きっとずいぶん入念に手入れをしてきたのだろう。



 「アルコンブリッジの戦い」――、半年以上前にアレクシア王国と隣国の中間に架けられた巨大な橋で大規模な戦いがあった。

 通称「黒の遺跡」と呼ばれる遺跡から大量の「まもの」が溢れ出し、アレクシア王国へと侵攻してきたのだ。


 王国騎士団とアレクシアに存在するさまざまなギルドによる混成部隊がそれを迎撃した。結果だけ見れば、まものを王都に一歩も踏み入れさせることなく、殲滅に成功したのだが――。


 それは過去の記録を遡っても、人間とまもの間の戦いで最大規模のものといえた。そして、王国も部隊こそ手配はしていたものの、まものの侵攻を最前線で食い止めたのはギルド混成部隊――、主にブレイヴ・ピラーを主力とする部隊だった。


 さらに敵を殲滅する決定打となったのは、ラナンキュラスの放った超級魔法「カタストロフ」。



 王国の権力者たちは恐れているのだ。


 魔鉱石の採掘はまものとの戦いと隣り合わせにある。仮にアルコンブリッジと同規模のまものが押し寄せることがあった場合、次も同じように食い止めることができるのか、と。

 主力が王国直属の部隊でなかったがゆえに、彼らは不安を募らせているのだった。そして、王国の権力者たちはこの事態に危機感を覚えているわけである。


 地図に記載された「×」はどうやら魔鉱石の眠る遺跡を示しているようだ。官僚のひとりはそれを睨みながらたるんだ顎に手をやっていた。



「――南の、連邦との境界あたりにたしかまだ手つかず遺跡があったな?」



 両腕を組んで椅子に深く腰掛けた男がそう言った。歳は30半ばくらいだろうか――、灰色の短い髪、がっしりとした体型をしている。彼の服に施された刺しゅうや模様の数々から相当な階級にあることが窺えた。


「はい、ハインデル参謀殿。たしかにに大きな遺跡があります。過去の調査で、魔鉱石が眠っていることも確認されてはおりますが――」


 恰幅の良い官僚は×印の一点を見つめながら眉間に皺を寄せた。彼の話によると、以前の調査では魔鉱石の量もさることながら、まものも相当数確認されており迂闊に手を出せないらしい。


 この状況はさながらアルコンブリッジの戦いのきっかけとなった「黒の遺跡」と似ており、ここの発掘は慎重にならざるえないようだ。



「オレに騎士団と魔法師団のいくつかを預けてくれないか? 数日でまものどもを蹴散らして魔鉱石の供給路を確保してやろう」



 「ハインデル」と呼ばれた男は、この場の雰囲気にしては、やや粗野な言葉使いでそう言った。


「参謀殿が直接指揮を執られるおつもりで? ならば、各ギルドに至急応援の手配を――」

「――いらん」


 ハインデルの低い声が会議室を沈黙させる。


「王国の戦力を疑われ、『王国最強』と言われる剣士があろうことか『』とあっては、アレクシアの名誉にかかわる。今一度、対外的に――、そして国民に示して見せよう。王国最強は王国騎士団であり、魔法師団であると」


「ハっ……、ハインデル参謀殿がそう仰るのなら大部隊を編成致しましょう! 王国の力はなんといってもその『数』に――」



「それもいらん」



 話を途中で折られてしまった官僚は怪訝な顔をしている。ハインデルはそのまま、この場に居合わせる他の者たちにも訴えるようにこう言った。


「たしかに王国最大の力はその数だ。それは否定せん。だが、『民』とは夢を見て、語りたがるものだ。例えば――、大軍を凌ぐ一個人の戦力に」


 彼の言葉に、王国の騎士団と魔法師団の隊長はわずかながら反応を示す。


「人選含めてこのハインデルが指揮を執らせてもらう。数はいらん。街で噂の『3傑』でなければ『ローゼンバーグ』でもない。最強はにあるのだと民にわからせてやろう」

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