第1章 始まりの物語
第2話 初日
ここはアレクシア王国のギルド統轄部門。
魔法ギルドに代表される大小さまざまなギルドからの各種申請を取りまとめている。先日ここに提出された「ある書類」が注目を集めていた。それはギルドの新設にあたっての申請書。
組織名は「幸福の花」。依頼の内容や求める人材含めて幅広く募る「多目的ギルド」としての申請だった。
これが人目を引いた理由は2つ。
1つ目は協力ギルドの名前に「ブレイヴ・ピラー」と「知恵の結晶」が名を連らねているからだ。
「ブレイヴ・ピラー」はこの国の全ギルドの中で最大の規模を誇る剣士ギルド。そのトップにはかつて王国騎士団に所属していたシャネイラ・ヘニクスが就いている。
「知恵の結晶」は魔法ギルドで1、2を争う、これも大きな組織である。この国を代表する巨大組織2つが協力して立ち上げたギルド。これだけでも注目するには十分だった。
しかし、もう1つの理由も前者に負けず劣らずの衝撃を与えた。ギルドの構成員は非常に少なく、現時点では極小の組織といえる。ただ、その少ない人員の中に彼女の名前が記されていたのだ。
『ラナンキュラス・ローゼンバーグ』
王立セントラル魔法科学研究院にて、「不世出」の名を欲しいままにした伝説の魔法使い。それでありながら世の表舞台に姿を見せず、まるで世が彼女の名を忘れるのを待っているかのように、人知れず町はずれの酒場で働いていた。
畏敬の念を込めて、彼女は「ローゼンバーグ卿」と呼ばれている。その彼女が今になってなぜ、この小さなギルドに名を連ねているのか?
「ローゼンバーグ卿」の動向を密かに追っていた王国魔導士団の心中は穏やかではなかった。
そして、彼女が所属するギルドのトップも同時に注目を集めることになったのだ。
『スガワラ・ユタカ』
王国で彼について詳しく知っている者はほとんどいなかった。ただ、わずかながら情報を得ている者はこう口にする。
「風変わりな商人」と……。
◆◆◆
ギルド「幸福の花」、記念すべき(?)稼働初日。予想はしていたが、いきなり依頼が舞い込むなんてことはなく、これまでと変わらない穏やかな日の幕開けとなる。
ラナさんは酒場に回ってきた依頼の中から、私たちで引き受けられそうなものをいくつかピックアップしてくれていた。今は全員でその内容を確認しながら、これも記念すべきなのか――、「初仕事」を吟味しているところだ。
このギルドは「私」ことスガワラ、魔法使い見習いのスピカさん、剣士の「ランさん」ことランギスさん、魔法使いのアレンビーさん、以上が主要なメンバーになる。
ラナさんはあくまで「補欠」の位置付けで、彼女の戦力を前提とした依頼は引き受けないことにしている。これは野球で例えるなら、三冠王が常にベンチ入りしているような状態なのだが……。
「ポチョムキンさん」こと、貴族のマルトー氏は事務員的な役割で今後も運営に手を貸してくれるそうだ。その裏にはきっとパララさんの助力があるに違いない。
「おほん! スガワラよ! まず貴公は人員を増やすことに注力するのじゃ。今の人員でもギリギリ1部隊は編成できる。じゃが、組織の運営を考えるなら、やはり直接我らが雇い入れた人間をもう少し増やすべきであるぞ!」
ランさんとアレンビーさんはそれぞれこの国を代表する巨大ギルドから応援でこちらに来てもらっている。彼らの力を借りること自体はまったく問題ない。私もここに関して遠慮するつもりはなく、大いに頼るつもりでいた。
ただ、ポチョムキンさんが言うことはもっともで、「報酬」に注視すると違った側面が見えてくる。
ランさんやアレンビーさんが協力してくれた依頼なら当然、彼らにも報酬が分け与えられる。だが、同時に彼らが本来身を置くギルドにもその一部がいくのだ。
要するに――、間を抜くところが増えるとこちらのギルドがもらえる報酬は減ってしまう。つまり、運営資金不足に陥ってしまうのだ。
しかし、私が直接雇い入れているスピカさんは「魔法使い見習い」。魔法使い免許を持たない彼女が単身で引き受けられる仕事は残念ながらかなり限られてしまう。
これらの事情を考慮してポチョムキン氏が出した「人を増やせ!」は、至極真っ当な結論だった。
非常に癖のある人ではあるが――、彼の意見は基本的に信頼できる、と私は思い始めていた。
「――スガワラさんは前衛を任せられる人を優先して探してもらえませんか?」
こう言ったのはアレンビーさん。彼女は遠慮がちに横目でラナさんの方をちらちらと見ながら話を続けた。
「ラナ様がここに所属していると知れたら……、魔法使いは勝手に集まってくると思うんです。『ローゼンバーグ卿』の威光はそれほどのものですから」
「ごめんなさい! あたしがまだ『見習い』なばっかりに……。やっぱりセンセを強引にでも連れてきましょうか!?」
元気な声で話に割ってきたのはスピカさん。彼女の言う「センセ」とは、魔法の師匠であり、その人――、ルーナ・ユピトールは「ユピトール卿」と呼ばれるこれまた有名な魔法使いなのだ。
「コンちゃんの気持ちは嬉しいですが、ルーナ様が以前仰っていたようにボクと彼女が名を連ねるのはちょっと……、目立ち過ぎるかもしれませんね?」
ラナさんは人差し指を唇に当てて、首を傾げならそう言った。
「ラナ様と『ユピトール卿』が共にいるなんて知れたら、それこそ大騒ぎですよ? スピカさんがその愛弟子とバレてなければいいのですが……」
アレンビーさんは胸に手を当て深い息をした。ため息とはまた違った――、それは高鳴る鼓動を抑えようとしているかのようだった。
「わっはっは! まさかスピカお嬢さんがあの『ユピトール卿』のお弟子さんだったなんてですよ? 僕も先日知って驚きました!」
ランさんの話からすると、スピカさんの師匠ルーナさんの知名度もラナさんに負けず劣らず相当なものらしい。私もギルドマスターになったからにはもっと情報通にならないといけない。
「あっ!! 見てください、この依頼なんてどうですか!? 見習いのあたしでも役立てそうですし、募集の人数もちょうど良さそうですよ!?」
スピカさんの明るく元気な声が響き渡る。彼女は1枚の依頼書を指差して声を上げた。そして、ここに集まった皆が覗き込むようにその書面を確認するのだった。
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