第47話 二つ目の恋の自覚

「……なんてね」

 唇まで数センチのところで止まる。

 焦りと嫉妬からやってしまった行動を理性で抑える。

 恋愛にフェアプレイなんて無いけど、渚は親友だ。

 キスをするとすれば、僕が選ばれたときだ。

「渚には……負けたくないなぁ」

 身体を離し食事の済んだ食器を持って部屋から出る。



 ―――



 本日何度目か分からないが目を覚ました。

 辺りが暗く時計を確認すると二十三時半。

 かなりの時間を寝ていたようだ。

 頭痛は無く、寝る前より身体が軽い気がした。

 熱を計ってみると三十七度。

 微熱はあるけど、風邪は良くなったみたいだ。

「……雫?」

 この部屋に雫の気配は無い。

 携帯にも――特に連絡の類は無い。

 リビングに向かうと彼女はいた。

 ソファに深く腰掛け、スゥスゥと寝息を立てていた。

 寝る前に貼った冷えピタが新しいのは、きっと雫が定期的に変えてくれていたからだろう。

 そこまでしてくれたのに、起こすのも可哀想だ。

 雫をゆっくりとソファに横にして、ブランケットをかけてあげる。

「んぅ……かずはぁ……もう大丈夫だよ……」

 急に名前を呼ばれたのでドキリとした。

 起こしたかと思ったのだが、ただの寝言のようだ。

 夢の中でも俺は迷惑をかけているらしい。

「ありがとう。おやすみなさい」

 そう言って、俺は自室に戻った。




 翌朝、ドアが開く音で目を覚ます。

 音のしたほうに目をやると雫が控えめに顔をのぞかせていた。

「お、おはよう……和葉。熱はどう?」

「三十七度。まだ微熱だけど、昨日より良くなったよ」

「そ、そっか!安心したよ」

「本当に助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして!」

 朝の和やかな空気がこの場を満たす。

「そうだ、昨日ブランケットありがとうね。帰るつもりだったんだけど、うたた寝しちゃってて……」

「いや、平気だよ。手厚く看病してもらったんだ、これくらいするよ」

「……じゃあ、早いけど僕帰るね」

「送ってくよ」

 俺の言葉に雫は首を横に振る。

「大丈夫だよ、和葉だって完全に治っていないんだから」

「いや、でも……」

「僕は平気!どうしてもっていうなら、玄関まで来て欲しいな」

「……わかった」

 玄関までついていき、雫が靴を履き替えるのを待つ。

「じゃあね!ちゃんと治すんだよ?」

「うん。今度お礼するよ」

「全然気にしなくていいよ!」

「そんな訳にもいかないだろう。雫の時間を使ってもらったわけだし……」

 雫は口に手を当て、なにやら考えている様子。

「ん〜……それもそっか。なら、今ご褒美貰おうかな」

「いま?」

「こっちきて、和葉」

 言われた通り近づくといきなり俺の胸に飛び込んでくる。

 咄嗟のことで反応できなかった。

「ちょ、ちょっと!汗かいたし汚いって」

「別にいいよ。家帰ったらシャワー浴びるしね」

 雫が良いなら――とはならないんだよな。

 こんな事なら服だけでも取り替えれば良かった。

「えへへ、和葉の心臓うるさいね」

「そ、そりゃ……そうなるよ」

「はい、もう大丈夫!これでチャラだから気にしなくていいからね」

 パッと手を離し満足気な笑顔をうかべる。

「じゃあ、ゆっくり休んでね。また、遊ぼうね」

 そう言って出ていった。



 シャワーの音が浴室内を木霊する。

 長い時間、頭からシャワーを被った状態を続けている。

 しかし、俺の悶々とした気持ちまでは洗い流してくれなかった。

 雫の俺に対する態度が露骨なのは以前から感じていた。

 俺の勘違いなら笑って済ませられたのに……。

 俺はそっと自分の唇に手を当てる。

 昨日……雫が止まらなかったら……。

「〜〜〜っ!!」

 軽く悶絶する。

 それにさっきのハグだって……。

 思わず、俺も背中に手を回しかけた……。

 だが、渚に対する気持ちを自覚しておきながら、雫を抱きしめるなんてことは出来なかった。

 渚に対する恋心を自覚したのは三日前。

 そうして、今日……雫に対して恋心を自覚してしまった。

 俺は二人の女の子に恋をしている……。

 あまりにも不誠実で不潔極まりない。

 俺は……どうしたら……。

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