第46話 看病

「ゲボっ!……ゴホッゴホッ!」

 頭がいたい……寒い……。

 夏祭りの後から体調が悪いと感じていたが……。

「三十八度五分……はぁ……本格的な風邪か」

 体温計を自室のデスクの上に置き、布団の中に潜り込む。

 ――病院行かないと……。

 ――薬……は無い。

 ――冷えピタも……無かった。

 ――あぁ……食べるものも無いなぁ。明日買いに行こうと思っていたのに。

 最悪だ……。

 俺は滅多に風邪をひかないが、引いたら重症化することが多い。

 子供のときからずっとそうだった。

 とりあえず……水分は取らなきゃ。

 壁をつたいながらリビングまで行き、ペットボトルの水を数本持ってくる。

 寝てれば多少良くなるかもだし……病院はその後だ。

 俺は布団の中で胎児のように丸くなる。

 ――なんだろう……すごく心細い。

 最後に風邪をひいたのは……中学生か?

 その時は家族が周りにいたから感じることは無かったけど。

 ――熱下がらなかったらどうなるんだろう……死ぬ……?

 漠然とした不安が湧いてくる。

 きっと、熱のせいで弱気になっている。

 大丈夫……きっと明日には……。

 そのとき、枕の横に置いてあった携帯が震える。

 恐らく三人のうちの誰かだろう。

 熱に犯されている頭ではろくに考えることが出来ない。

 だから、誰かを確認せず現状を端的に送った。

 きっと、三人の内の誰かなら共有するだろうし。

 携帯を戻し、俺はゆっくりとまぶたを閉じた。




 ――ピンポーン



「………………?」

 どれくらい寝ていたのだろう。

 分からないけど、体調は良くなってない事だけは分かる。

 依然として、頭が痛いし体もだるい。

 それより、誰か来た。

 ベッドから這い出て玄関は向かう。

「……はい?」

 扉を開けると――

「和葉!熱、大丈夫っ?」

 心配そうな顔をした雫が立っていた。

「なんで……いるの?」

「和葉が苦しいって言ってたからだよ!一応、色々買ってきたから。少しだけお邪魔してもいい?」

 苦しい?俺はそんなこと言ってたのか。

「風邪……うつるぞ」

「マスクあるし平気だよ」

 俺は雫を部屋に招き入れた。

 雫は俺をベッドに寝かせると買ってきたものをデスクに広げる。

「冷えピタと薬とスポーツドリンクと……お粥って食べられる?レトルトだけど……」

「うん」

「食欲は?」

「少し」

「なら、ゼリーあるからそれ食べて薬飲んで寝よう」

 雫は俺の額に冷えピタを貼り、薬やゼリーの準備をテキパキと行う。

 至れり尽くせりだな……。

 薬を飲み布団に入る。

「あと何かして欲しいこととかある?」

「…………いや、大丈夫」

「わかった。僕はリビングにいるから、なにかあったら――いや……やっぱり和葉が寝るまでここにいるね」

 何故か俺の顔を見るなり戻ってくる。

「え……大丈夫だぞ」

「なんか心細そうな顔してたから。風邪引いてるときって不安になるよね」

 ストンとベッドの横に座る。

 俺……そんなに不安そうにしていたかな。

 自分では分からない。

「和葉。手……出して」

「手?」

 言われた通り、布団の中から左手をスっと出してみる。

 雫は両手で優しく俺の左手を握る。

「僕が熱を出したとき、お母さんがよくやってくれてたんだ。どう?気は紛れた?」

「……うん」

「良かった」

 薬の影響か、安心したからか、急激に睡魔が襲ってくる。

 そうして、俺はあっという間に意識を手放した。



「ん…………」

 目が覚めたら夕方だった。

 まだ、頭がボーッとするがだいぶマシになっていた。

「三十八度……全然下がってないな」

「……和葉?起きたの?」

 物音で気づいたのだろう。

 雫が控えめにドアから顔を出す。

「熱はどう?」

「まだ、結構ある」

「そっか……ご飯食べれそう?」

 その問いかけで空腹を自覚する。

 流石に風邪とはいえ、何も食べないのは良くないだろう。

「うん……」

「わかった!準備してくるね!」

 パッと笑顔になり、顔を引っこめる。

 準備ができるまでの間、汗で気持ち悪いパジャマと冷えピタを取り替え、窓も少し開けて換気をする。

 夕方ということもあって気温も落ち着き、風も心地よい。

 立っているのが辛くなってきたためベッドに戻ることにした。

 そのとき、タイミング良く雫が部屋に入ってくる。

 お盆には、出来たてのお粥と小皿に梅干しが添えられていた。

「お待たせ〜もう食べる?」

「うん、食べようかな」

「わかった!」

 お椀に取り分けられたお粥を受け取る。

「ありがとう」

「一人で食べれる?フーフーしようか」

「さ、流石に食べれるよ……」

「じゃあ、ご飯食べて薬飲んだら寝なよ〜」

 そういってすぐに部屋から出ていく。

 お粥を食べ終わり薬を飲んでベッドに潜る。

 お腹が多少膨れたおかげですぐに眠気が襲う。

 一時期はどうなるかと思っていたけど……雫のおかげで助かった。

 今度……お礼……しなきゃ。

 俺は再び睡魔に身を委ねた。



 ――



 時計を確認して、そっとドアを開けて中の様子を伺う。

 既に食事は終えていて、静かに寝息を立てて眠っていた。

 そのすぐ近くまで音を立てずに近寄る。

 普段は大人っぽくてかっこいいのに、今は風邪で弱っているせいか子供っぽくて可愛い。

「寝顔……可愛いな〜」

 つい思ったことを口にしてしまった。

 直接伝えたら、きっと『う、うるさいっ!』って赤面しながら言うんだろうな。

「僕、今日頑張ったしご褒美……いいよね」

 打算とか下心で看病した訳じゃないけど……。

 やっぱり、思い出して焦ってしまう。

 夏祭りにはぐれたあと、渚と和葉の様子がおかしかった。

 多分、凄く良い雰囲気になったんだろうな。

 キスは……してないと思うけど寄り添うくらいはしていそうだった。

 羨ましいなぁ……。

 だから、これくらい――

 僕は、起こさないように注意を払いながら寝息を立てている和葉の唇に自らの唇を寄せていった。

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