第45話 後ろめたさ

『もう少しだけ……二人でいませんか』


 緊張と不安で潤んだ瞳。

 触れる手は微かに震えていた。

「あ、あぁ……そうだね。もう少しだけ……」

 俺の声も緊張で震えていた。

 夏祭りの雰囲気に当てられたせい……では、無いだろう。

「ただ、ここにいるのもあれだし……歩こうか」

「は、はいっ」

 屋台の裏側にある舗装された雑木林へ足を向ける。

 街頭は設置されてないが夏祭りの明かりおかげで、問題なく歩けた。

「…………」

「…………」

 何かを話そうにも話題が出てこない。

 遠くから聞こえる祭囃子が唯一の救いだ。

「……ごめんなさい」

「え?」

「わたしのわがままのせいで和葉くんに迷惑をかけちゃってますよね」

 俺が喋らないのは、振り回されて不機嫌になってしまったと思っているらしい。

 そう思わせてしまったのは、俺の落ち度だ。

「いや、迷惑じゃないよ。ただ、緊張はしてるけどね」

 払拭するようにつとめて明るく言う。

「そうなんですか?良かった……和葉くんも意識してくれてて」

 渚はふんわりと柔らかな笑顔を見せる。

 落ち着き始めた心臓が再び加速する。

「今日の渚は普段と違うね。なんていうか……凄く積極的というか」

「なんででしょうね?分かりますか?」

「……夏祭りに浮かれてる……とか?」

 冗談っぽく言ってみる。

 渚は手だけじゃなく肩もピタリと俺に寄せる。

「そうですね……凄く舞い上がってるかもしれません」

「……久しぶりって言ってたしね。屋台とかあんまり見れてないけど」

「屋台だけが醍醐味じゃないですよ?」

 上目遣いで俺を見てくる。

 目が離せなくなる。

 朱色に染めた頬、潤んだ瞳、艶やかな唇。

 何かを悟ったかのように渚は目を閉じる。

 それが何を意味するのか。

 分からないほど鈍感では無い。

 ――良いのか?相手が求めているし俺だって……

 ――良くない!俺たちは恋人ではない!

 肯定と否定を繰り返していると――


 ――ザッザッ



「っ!?」

 前方から人の気配が近づいてくる。

 目を凝らすと男女のカップルだった。

 俺らよりもずっと近い距離で寄り添って歩いていた。

 カップルは突然現れた俺たちにびっくりし、やや気まずそうに通り過ぎる。

 申し訳ないことをした。

 チラリと渚を見ると、残念そうな――ホッとしたような表情をしていた。

「あのカップルには申し訳ないことをしたね」

「……はい。ここは意外とカップルにとって穴場なのかもしれないですね」

「まぁ……祭り会場の灯りで見えずらいしね」

「今の方たちから見て、わたし達もカップルに見えたんですかね」

 言葉に詰まってしまった。

 いや、付き合っては無いので否定すべきなんだ。

 でも、同時に否定したくない気持ちも湧いてくる。

「な、なんてね!待ち合わせ場所近いので……」

 そう言ってスルリと手を離し、先を歩いていく。

 ――危なかった。危なかったっ!危なかったっ!!

 俺は何をしようとした!?

 渚から目が離せなくなって……あの綺麗な唇に吸い込まれそうに……。

 俺はそんなに節操が無かったのか!?

 いや……違う。

 俺が渚をただの『友達』としてしか見ていなかったのであれば――流せた状況だ。

 自覚してしまった!!

 自覚させられた!!

 俺の心に芽生えていたの恋心の内の一つを…………。

「和葉くん?どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。今行くよ」



「もうっ!どこ行ってたのさ!」

「悪い……気づいたらはぐれていたんだ」

 合流したと思ったら、雫から怒りの声が飛んできた。

 まぁ、声ほど顔は怒っていないので冗談交じりではあると思うけど。

 それより――

「そんな状態で怒られてもなぁ……」

 プリプリ怒る雫の両腕にクマのぬいぐるみが収まり、手にはヨーヨーが。

「こ、これは……渚たちが来るまでの暇つぶしだよ!」

「お祭りで暇つぶしか。変わってるな」

 奥では渚が柏崎にペコペコ謝っている。

 柏崎も笑いながら宥めているから本気では怒ってないみたいで良かった。

「渚と南雲が遊べてないだろ?もう少し見て回ろ」

「はい!わたしもヨーヨーすくいやりたいです!」

 気がつけば、いつも通りの渚になっていた。

 歩き始めた二人について行こうすると、浴衣の裾を摘まれた。

「雫?」

「ねぇ……渚と二人で何してたの?」

「なにもしてないよ。雫たちを探すことで手一杯だったよ」

「キス……したの?」

「っ!してない!なんでそうなるんだよ」

 雫は不安げな顔で様子を伺ってくる。

「さっき屋台の影でしてたカップルがいたから……二人でいればそんな雰囲気になっちゃうかなって思ったんだけど……」

「それはカップルの話だろ?俺と渚は友達だ」

 雫の目を見てハッキリと言い聞かせる。

「そっか……。なら良いんだ」

 渚と柏崎の所まで走っていった。

 夏祭りは無事最後まで楽しむことが出来た。

 アクシデントはあったけど、それも夏祭りの醍醐味だと考えれば誤差だ。

 ただ一つ――

 俺は宝条渚に恋をしている。

 この恋心を自覚しただけで、雫に対して後ろめたさを覚えてしまうなんて……。

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