第43話 夏祭り 前編

「え?夏祭り?」

「うんっ!夏休みも折り返しなのに夏っぽい思い出が無いじゃん」

 雫はキラキラした目で俺を見つめる。

 言われてみればプール以外夏っぽいことはしていない。

「ね、どうかな?一緒に行こうよ」

「俺は良いけど、渚と柏崎にも聞かないと」

「大丈夫!二人も和葉と一緒に行きたがってたから。ね?」

 雫はテレビの前に座る渚と柏崎に問いかける。

「はい!是非一緒に行きましょう!」

「おいっ!余所見してんじゃねー!」

「はい加奈子ちゃん、残り一ストックですね」

 俺の目の前では凄惨な状況が広がっていた。

 言い忘れていたが、ここは渚の部屋だ。

 柏崎は一時間前から乱闘ゲームでボコボコにされている。

 それはもう可哀想なほどに。

 その後ろで、俺と雫はベッドの縁に寄りかかって惨状を眺めているという構図だ。

「よし!決まりだ!浴衣楽しみにしててね!」

「お、おう。夏祭りは毎年行ってるの?」

「ん〜ん。中学生の時に一回行ったきり行ってない」

 地元だと新鮮味がなくて、逆に疎遠になったりするんだろうか。

 ここのお祭りは初めてだから想像がつかない。

「だぁぁぁ!!やってられるか!やめだやめ!」

 ついに柏崎が切れた。

「雫!お前の番!」

「え〜僕乱闘ゲーム苦手だから和葉ね」

「まじかよ……」

 その後、柏崎とまではいかなくとも惨敗だった事は言うまでもない。



「それで、夏祭りでしたっけ」

 渚は満足気な表情で夏祭りの話題を切り出す。

「俺は初めてだけど三人は地元なんだろ?なんで一回しか行ってないの?」

「えぇと……」

「僕も行きたいんだけど……」

 渚と雫は気まずそうに視線を逸らす。

 何か聞いちゃいけないことを聞いただろうか。

 まさか、この二人が問題を起こして出禁になったとか??

 ありえない話だが可能性はあるわけで……。

 はぁ〜と柏崎は溜息をつく。

「ナンパが多くて祭りを楽しむどころじゃなかったんだよ」

「ナンパ?大丈夫だったのか?」

 出禁じゃなかったことに安心した。

 だが、ナンパか……。

 再定義することになるが渚と雫、柏崎は贔屓目なしで美少女だ。

 その中でも渚と雫はスタイルも抜群ときた。

 制服を着てるだけでも学校では騒がれているのだ。

 浴衣を着て綺麗に気飾ればどうなるか……。

 突然、雫がバンッ!と思い切り机を叩く。

「思い出したらムカムカしてきた。なにが『ボクっ娘キャラ良いね〜可愛いよ』だ!キャラなんて作ってないし!」

「お、おい……落ち着け――」

「わたしもです!なにが『俺らと回ればもっと楽しいよ〜』ですか!気安く触らないでください!」

「だから、落ち着けって。嫌な思いしてまで行かなくてもいいんじゃないか?」

「「いや、今年は行く(行きます)」」

 どうやら意思は固いようだ。

「じゃあ、僕達の浴衣は渚の所にお願いしてもいい?あ、和葉の分も」

「もちろんです!連絡しておきますね」

「待て待て、勝手に話を進めるな。俺は私服で行くよ」

「え……和葉は浴衣の女子の横を私服で歩く気かい?」

 冗談じゃなく本気で嫌な目をされた。

「浴衣なんて着たことがないんだよ。着付けとか大変なんだろ?」

「それはご安心ください!」

 渚は腰に手を当て胸を張る。

「わたしの叔母さんが浴衣の着付けをやっているんです。だから、着たことが無い人でも安心ですよ!」

「それなら……お願いしようかな」

「はい!では、四人分お願いしておきますね!」

 早速携帯を手に取って部屋から出ていく。

「ちなみにいつなんだ?」

「八月十二日だから三日後だよ」

「ありがとう、俺も色々準備しておく」

「夏祭り楽しみだね〜屋台何があるかな?」

「今年は絶対に射的やる」

 夏祭りか……。

 幼い頃に妹と行ったきりだった。

 このイベントは大切な思い出になるだろうと俺は予感していた。

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