第41話 心の穴を埋めるのは……

 俺はありえないほどの無力感に苛まれていた。

 理由は考えるまでもない。

 昨日突如として終わりを迎えた俺の初恋。

 およそ四年という長い時間だった。

 まぁ、中一の頃先生が寿退職をした時点で終わっていた恋なのだが……。

「はぁ……」

 諦めきれずダラダラと引き伸ばした結果このザマだ。

 心にぽっかりと穴が空いた感じ。

 気づかないうちにこの気持ちは俺を形作る一部となっていたようだ。



『もし、何にも手がつかなくなるくらい辛かったら……わたしを頼ってくださいね』



 渚はそう言ってくれたが……。

「いや……ダサすぎるだろ」

 無力感を感じてはいるが生活がおざなりになるレベルでは無いしな。

 何をして時間を潰そうか考えていると、テーブルに置いてあった携帯が音を立てて震える。

『久しぶりにゲームをしましょう!』

 間がいいのか悪いのか。

 昨日あんな事があったにも関わらず、平常運転なのが渚らしい。

 時間が解決するとはいえ、ただ引きこもってるだけでは解決はしないだろう。

 その誘いに乗ることにした。




「お、お邪魔します」

「どうぞ〜二回目なのに緊張しすぎじゃないですか?和葉くん」

「まだ、二回目だからだろ」

 たった二回来ただけで慣れるほど、女の子に対する耐性は持ち合わせていない。

 多分分かってて言っているんだろうけど。

「飲み物用意するので、先に私の部屋に行っててください」

「え、いや、俺も手伝うよ」

「家主がお客さんをもてなすのは当然ですよ?」

 頑なに譲ろうとしないので諦め部屋に向かう。

 出来れば、女の子の部屋に一人で入るのは避けたかったんだが……。

 意を決して部屋に入る。

 以前来た時と変わらない可愛らしい部屋で微かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「ん?」

 小さなテーブルには据え置き型ゲーム機のコントローラーが二つ。

 てっきり、またエロゲーかと思っていたのだが。

「和葉くん?どうしたんです?」

「いや、ごめん。なんでもない」

 気づけば後ろには渚が立っており不思議そうに俺を見つめていた。

 テーブルの前に腰を下ろし目の前にお茶が置かれる。

「さて!やりましょう!」

 と言うなり、四つん這いでゲーム機の電源ボタンを押しに行く。

 必然的に後ろから眺めることになり、妙な艶めかしさがあって思わず顔を背ける。

「今日やるゲームはこれです!――ってなんで明後日の方を見てるんですか?」

「渚のせいだ」

 渚は首を傾げながら一つのゲームソフトを俺に見せる。

 やったことは無いが見た事はあるパッケージだ。

 最大四人プレイが可能で勢揃いした色んなゲームの主人公格のキャラを使って対戦するゲームだ。

「てっきりエロゲーしかやらないと思ってたけど……こんな対戦ゲームもやるんだな」

「もちろんです!楽しいですよ?」

 まぁ、今はエロゲーみたいなセンチメンタルな気分になるゲームより、騒ぎながら楽しめるゲームの方が嬉しい。

「じゃあ、操作説明しながら慣れていきましょうか」

 俺よりもプレイしているとはいえ相手は女の子だ。

 熱くなりすぎないようにしないと。



 ――なんて考えていた俺が馬鹿だった。



「隙ありっ!」

「ちょ、おい!」

 俺のキャラが画面外まで吹き飛び、GAME SETの文字が画面に大きく映し出される。

「ふふんっ!五連勝!」

「くそ……まだ、手抜いてたのかよ」

 何戦かプレイをしていると感覚やコマンドを覚え、立ち回りも上達していくのを感じる。

 だが、渚は俺の上達を感知すると少しづつ本気を出すので結局勝てない。

 さっきからずっとイタチごっこだ。

 だが、負けっぱなしで終わるのはなんか癪だ。

 せめて一矢報いてから終わりたい!

 ――そんな気持ちだけで勝てる訳もなく。

「おい!着地ばっか狙ってくるなよ!」

「そんな甘々な着地ばっかするから狩られるんです〜」

 結局、十連敗したところで心が折れた。

「和葉くんって何でも出来るイメージでしたけど、ゲームはよわよわでしたね」

「あぁ……自分でもびっくりしてる」

「では、次は協力ゲームでもやりましょう」

 今度は見たことが無いゲームだった。

 基本二人プレイでお互いが協力し合いながら、一つのステージを攻略していくゲームだ。

 俺側のステージでスイッチを押すと渚側のステージの扉が開く。

 やってみると意外に面白かった。

「これは二人の相性が試されますね」

「さっきボコボコにされたから相性最悪だけどな」

「和葉くんが弱いのがいけないんです」

 軽口を言い合いながら数々の難所を攻略して行く。

 最難関のEXTRAステージに到達すると――

「和葉くん……。ここからわたしは未プレイです」

「え?クリアしたんじゃないの?」

「クリアするつもりだったんですが……。難しくてやめました」

「本当にゲーマーか??」

 あーでもないこーでもないと考えながらようやくクリア出来た。

「なんか……クリアしてみると意外と呆気なかったな」

「まさに灯台もと暗しでしたね」

「じゃあ、次はこれを――」

 オタクを語るだけあって、次から次へとゲームが出てくる。

 ある意味テーマパークみたいだった。

 今はただ、この時間をめいいっぱい楽しむことにした。



 気づけば日は傾き始めていた。

 それと同時に満たされていた心に穴が開き始める。

 当たり前だ。

 この面白かった時間は一時的なものでしか無く、失った穴を塞ぐにはちっぽけなものだ。

 名残惜しさがこもったため息を押し殺し渚に告げる。

「いい時間だし帰るね」

「和葉くん、最後に一つだけ良いですか?」

 真面目な物言いに俺は上げかけた腰を下ろす。




「わたしのピアノを聞いてくれませんか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る