第37話 微かな実感

 舞台の本番まで三日。

 目の前で演劇部の部員たちが練習しているのを横目にひたすら台本に目を通していた。

 この演劇は、恋愛劇でロミオとジュリエットに近いものだ。

 二人の仲が引き裂かれそうになるも、なんとか障害を乗り越え結ばれる。

 違うのは終わりがハッピーエンドってことだろうか。

 そして、改めて思ったが部員たちのレベルもかなりレベルが高い。

 声の張り方、動き、魅せ方。

 これだけの逸材揃いで黒瀬さんの相方が務まる人がいないらしい。

「どう?作品のイメージはつきそう?」

 神崎先輩が俺の横で尋ねてくる。

「少しは……」

「さすがだ。頼りがいがあるね」

 ニコッと笑いかけてくる。

 俺は再び練習風景に目を向ける。

 黒瀬さんはヒロイン役ということもあって以前見た力強い演技とは違う。

 柔らかくどこか儚げな演技だった。

 物語の展開を黒瀬さんなりに解釈した結果のものだろう。

 台本には、駆け落ちに対しヒロインが不安を覚える場面が多い。

 だから、俺は力強く希望を与えるような演技が求められている。

 恋愛劇は特に経験が浅い。

 人の感情や内情に焦点を当てる作品は苦手で、ずっと避けてきたものだ。

 観客を引き込むために必要なものは……。

 俺が考えにふけっていると横から――

「難しい顔してるね?南雲くん」

 一人の男子生徒が気安く話しかけ、俺の隣に腰をかける。

「恋愛劇ってやったことが無いからさ。細かいイメージが湧かないんだよね」

「え、そうなの?あの黒瀬が『和葉が適任だ!』って手放しで褒めてたのに?」

 神崎先輩が言ってた裏話は本当だったのか。

「その……嫌じゃないのか?」

「え?何が?」

 質問の意図が本当に分からないのか、眉をひそめて俺を見る。

「だって、黒瀬さんは部外者を推薦したんだぞ?」

「まぁ、部内で完結するのが望ましいけど……。プライドを優先して作品が駄目になったら元も子もないからね」

「それ、神崎先輩も似たような事を言ってた」

「そうでしょ?それに、南雲くんの実力は黒瀬を始めほとんどの人が理解してると思う。ここには、の演劇好きが多いからね」

 彼とは初めて話したというのに、親しげな笑みを浮かべている。

 あぁ、なるほど。

 生粋を強調したあたり俺の事はよく知っているのだろう。

 親から継いだ才覚でのし上がっただけ。

 実力でもなんでもないのにな……。

「で、どこがイメージできない??」

 台本を広げ、俺の言葉を待っている。

 休憩中なのに俺に付き合ってくれる辺り優しいやつなんだろう。

「役の気持ちを上手く自分に落とし込めない……かな」

「ふぅん?……彼女のことが好きでしょうがない!けど、二人を隔てる壁が高く分厚い!それが、更に主人公の恋の炎を強くする!」

 感覚としてはこんな感じよな――と演技じみた動きと言葉で表す。

「あぁ、そんな感じ」

「南雲くんは恋とかしたことある?」

「え?……まぁ……ある」

「なら、その時の気持ちを思い出せたら手っ取り早いかもね」

 じゃあ、頑張って――と、休憩時間が終わり再び練習に戻って言った。

 思い返せば、俺の初恋は教師だ。

 これもいわゆる『禁断の恋』に含まれるのでは?

 少しだけ光が見えた気がする。

 微かな手応えと高揚を感じ、俺も練習に望んだ。



 時刻は十六時。

 部活を終え学校を後にする。

 帰る道すがら部活の話題になり――

「どうだった??やれそう?」

「……もちろん」

 意図せず歯切れの悪い返事になってしまう。

 あの後、先生に対する恋慕を思い出し練習に混ぜてもらったのだが……。

 それを、黒瀬さんに向けられなかった。

 なんて言うか……罪悪感を強く感じてしまった。

 新たな壁にぶつかった……。

「そういえばさ、練習のとき他の女の子を想像してたでしょ」

 心を読まれ心臓が跳ねた。

「結構わかるんだよ?集中してないな〜って思ってたんだ」

「ごめん……けど、作品を理解するには必要なことで……」

「ま、気持ちは分かるけど……。ただ、僕としては寂しいな〜?もっと、僕のことを見てよ」

 ニヤリとからかうような笑みで俺に迫る。

「ご、ごめん」

 柏崎といい神崎先輩といい似たようなことばかり言われている。

「和葉は難しく考えるよね。恋は理屈じゃないんだよ?」

「まぁ……それは分かってるよ」

「なら、よろしい!しっかり僕のことを攫っておくれよ??」

 俺の胸を人差し指でトントンとつつく。

 言われてみれば確かに距離が近い気がする。

 ――人を見る……。

「はいはい、わかったよ。

「じゃあ、明日からまた――っえ?いま……」

 雫は面食らった様子で固まっていた。

「……え?え?ね、聞こえなかったからもう一回言って!」

「やだよ、俺だって恥ずかしいんだよ」

「ケチー!減るもんじゃないのにさ〜」

 と、文句を言いながらも嬉しそうに俺の横に並ぶ。

 それと同時に俺の心もスっと軽くなった気がした。

 俺が望んだものはこれだったのか。

 まだ実感が薄いけれど……。

 少しずつ実感するのかな。

 ただ今はしっかり雫を見よう。

 そうしなければ舞台の成功は無い。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る