第36話 最強のパートナー

『和葉に手伝ってほしい事があるんだけど……良いかな?』


 そんなLINEが飛んできた次の日の朝。

 俺は、黒瀬さんと並んで学校を目指していた。

「ありがとう!引き受けてくれて!本当に困ってたんだ〜」

 パンッと両手を合わせて笑顔でお礼を言う。

「俺に拒否権は無かったろうに……」

 あぁ……足取りが重い。

 どうしてこんなことに……。

「和葉が加奈子を公演会に誘ったのが悪いんだよ?」

「いやだから、前にも言ったけどお客さんとしてじゃ無くてだな――」

「それでも、誰よりも近くで君の演技を観ていたことに変わりは無いんだから!」

 フンッと俺からそっぽを向く。

 そう。

 以前に、柏崎の力が必要で公演会に声をかけた事が黒瀬さんにバレた。

 別に、やましい事は無いのだが……拗ねるだろうと思って言ってなかった。

 そうしたら、案の定拗ねた。

 機嫌を回復する苦肉の策として『俺に出来ることはなんでも聞く』という権利を与えた。

 その結果が『演劇部で怪我をした部員の代役』だ。

「引き受けたのは良いけど……その公演会はいつなの?」

「三日後だよ。和葉なら平気だよね?」

 三日後か……。

 頑張って詰め込めばなんとかなる……かも。

「ていうか、部員たちにはなんて言ってるの?全くの部外者が代役するんだ。いい気はしないだろ」

「最強の助っ人を連れていく!!って伝えてるよ?」

「ハードルあげるなよ……」

「有名な劇団に声掛けられといて何言ってんのさ」

 正直、今までにないくらい緊張している。

 俺は劇団でしか演技をしたことが無い。

 部活なんてもってのほかだ。

 周りは同年代……。

 やり過ぎれば周りから避けられる……。

 でも、手を抜いた演技を俺は許さない……。

 というより、これは緊張ではなく恐怖。

 俺が夏休み前に築き上げたものが崩れてしまうような。

 また中学時代の孤独を味わうことになってしまう。

「和葉、不安なら手……繋いであげよっか?」

 俺の目の前にスっと手を差し出す。

 イタズラな笑みを浮かべ――

「不安でど〜しようもない君にサービスだよ?」

「いや、平気だ。ありがとう」

「ちぇー。まぁ、大丈夫ならいっか」

 何故か不服そうな顔で手を引っ込める。

 俺は柏崎の言葉を思い出していた。



『自分の事を見て欲しいなら、まずは自分から他人の事を見なきゃダメだろ』

『合わせるんじゃなくて受け入れないとダメだって言ってるの』


 本当に……大丈夫だろうか。





 学校に到着した。

 夏休みに入ってからは来る用事が全くなかったため、凄く懐かしく感じる。

 そこから、あまり通ることの無い道を歩き続け――

「さて、着いたよ」

「お、おう……」

『演劇部』と墨で達筆に書かれたドアサインが貼ってあった。

 書道部ぽい雰囲気もあるが……こだわりなんだろうか。

 というか……外から見てもけっこう大きめな部室だ。

「みんなー!おはよう!最強の助っ人を連れてきたよ!!」

 黒瀬さんは、ガラガラと横引きのドアをスライドさせ元気よく中に入る。

 注目が集まっているのが分かる。

 入りたくは無かったが、ここまで来たんだ。

 腹を括って部室の中に足を踏み入れる。

「えっと……助っ人として呼ばれました。南雲和葉です。よろしく」

 簡単な自己紹介をして頭を下げる

 部員からは『よろしくー』の声だけが返ってきた。

 以前観に行った公演会で、何となくわかっていたが部員数がかなり多い。

 パッと見で六十人はくだらないか……??

 そんなことを考えていると一人の女子部員が近づいてくる。

「君が助っ人の南雲くんか」

「よろしくお願いします。ええと……」

「私は神崎かんざき奈緒なお。演劇部の部長をやっているんだ。よろしくね」

 控えめに微笑む姿に思わず見蕩れてしまった。

 まるで大和撫子のような女性だ。

 時期的には高校二年生だと思うが、こんなにも大人っぽさを演出できるなんて……。

「んぐッ!?」

 などと、考えていると脇腹に肘打ちを食らう。

 横目で見ると黒瀬さんがジト目でこちらを見ていた。

 そんな様子を見ていた神崎先輩は――

「ふふっ……二人とも仲良いんだね。これなら安心かな?」

「安心?どういう意味ですか?」

「もう、練習が始まるから端の方で話そうか。雫さんはみんなと練習に参加してて」

 そう言い、部室の端まで連れていかれる。

「はい、これに目を通して?」

 ノート二冊分の厚さの台本を渡される。

 聞くよりも見た方が早いということだろう。

 パラパラとめくっていく。

 じっくりと読んでないので細部は分からないが、恐らくは恋愛劇。

 ヒロイン役は言わずもがな黒瀬さんだ。

 問題のヒーロー役は……俺だった。

 俺は抗議を含ませた目で部長を見る。

「南雲くんの言いたい事もわかるよ。けど、観念してくれ」

「明らかに所属している部員の方が実力はあるのでは?」

「代役を立候補する人は何人か居たよ。でも、イマイチ私の中でしっくり来なくてね」

 悩ましげに頬に手を当てる。

 あまりにも自然な演技だった。

 なんというか……さすが部長だなと。

「職人気質ゆえに納得のいく作品を作りたいって気持ちが強くてね。悩んでいた所に雫さんから打診があったんだよ」

「俺を使えってですか?」

「そういうこと。優秀な人材であれば部員じゃなくても招き入れるのが私のやり方だ」

 それに――と部長は続ける。

「今回は劇だ。役は作れても気持ちを作り出すのは至難でね?申し訳ないがその一点において君以上の適任はいないと判断した」

「はぁ……」

 意味がわからず首を傾げる。

「今回の演劇において、雫さんのポテンシャルを最大限引き出せるのは君だけだ。だから、一緒に良い作品を作ろうね」

 スっと握手を求められる。

「……一つ聞いても良いですか」

「もちろん」

「俺に会う前から俺を使うと決めていたらしいですが……実際に演技を見てから判断した方がいいのでは?」

 ふむ……――と考え込んでしまった。

「普段はそうするさ。けど、さっきの二人のやり取りを見て問題ないと思ったから採用だ」

「やり取り……?」

 肘打ちとかいう暴力的なやり取りのことか?

「雫さんは君に全幅の信頼を置いている」

「全幅は言い過ぎです。良くて友達程度だ」

「あのねぇ……君はもっと人を見た方が良いよ?雫さんは君と手が触れ合う距離に自然と立っていたんだ」

「え?」

 神崎先輩は雫の方を見る。

「『友達だから』って理由だけじゃ無いと私は思うけどね」

「…………」

「どうかな?協力してくれる?」

 再び右手が俺の前に差し出される。

「……お願いします」

 今度はしっかりとその手を取った。


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