第35話 天才は普通を望む

『なぁ、柏崎。『普通』ってなんだ?』


「え?なんだよ、急に」

 俺の質問に首を傾げる。

「前に柏崎が言ってたろ?俺と柏崎は何かを探している者同士だって」

「言ったけど……お前が探しているのが、『普通』ってやつか?」

「そうだ」

 俺は肯定する。

 柏崎は腕を組んで考えている。

「考えたこともなかったわ……そんな哲学じみたいなこと」

 長考の末に返ってきた答えは白旗だった

「そっか、変な事聞いてごめん」

「逆に聞くけど、なんで南雲は他人の普通が気になるんだよ」

 ポテトを口に運びながら疑問をぶつける。

「俺は……他人と同じになりたいんだよ。苦楽を共にして、喜びを一緒に感じることが出来る。そうなりたい」

「はぁ〜……へぇ〜……他人と同じにね。それ同じになる必要ある?」

 柏崎はストローで飲み物をかき混ぜながら聞く。

「そうしなきゃ、分かり合えないだろ」

「例えば学校の中の話だけどさ、一年も二年も同じクラスで生活してりゃ、嫌でも他人の事なんてわかってくるだろ」

「まぁ、それなりには」

「それなら、行事を通して苦楽とか喜びを感じることってできるんじゃないの?」

 柏崎が言ったことは正しい。

 長く生活を共にすれば、それだけ繋がりができて辛さも感動も共有することが出来る。

 クラスの成功もみんなで喜べる。

 生徒個人の頑張りを応援できる。

 ――普通ならね。

 俺は、学校行事の楽しさも生徒個人の苦悩も理解できない。

 たった数日で終わる行事に全力をかけることも……。

 自分の限界を超えるために悩み苦しむことも……。

 なんでも出来てしまう俺には虚しく感じてしまうんだ。

 だから、俺は俺のままではクラスに溶け込めない。

 他人と同じにならなきゃダメなんだ。

「なんか……納得してない感じだな」

「柏崎の答えは正しいよ。けど、俺に当てはまらないんだよね……その答え」

「じゃあ、聞かせてくれよ。南雲のこと」

 頬杖をつきながら促してくる。

 自分のことを話すのは気が滅入るが必要なことだ。

「俺はさ……昔からなんでも出来るやつだった。お前は出来て当たり前って周りから思われてたし、『天才』『神童』って言われ続けた」

「でも、全然嬉しくないし楽しくないんだ。何かを達成しても『天才だから』の一言で片付けられる」

「ふぅん?それで?」

「とある一人の男子生徒がいてね。長年の努力が実を結んだらしく表彰されてたんだよ」

「誰も彼もが褒めるものだから試しにやってみた。簡単にとはいかなかったけど……俺も出来ちゃったんだ」

 俺は笑ってみせる。

 俺もみんなに見てもらえる。

 褒めて貰えるって思っていたのに……。

「総ブーイングだったよ。馬鹿にするな、天才がやってもすごくないって」

「それで、何となく気づいちゃってさ。周りから見た俺って異質で普通じゃないんだなって……」

「俺は出来て当たり前で……喜びも苦労も分かり合えない存在なんだって」

「だから、俺は他人と同じになりたい。周りには人がいるのに孤独感を感じる生活は嫌なんだ!」

 俺は吐き出すように言葉を紡ぐ。

 俺の告白を聞いた柏崎は腕を組んだまま微動だにしない。

「う〜ん……レベルが違いすぎてよくわかんねーけど、それってつまりさ――」



「『もっと俺を見て!』ってこと?」



「は?」

 予想の斜め上を行く解釈に間の抜けた声が出る。

 なぜ、そう思ったのか……。

「話……聞いてたか?」

「聞いてるよ。お前は難しく言ってるけど、結局そうじゃね?」

「『俺の事を見てほしい。けど、見てくれないから俺がお前たちのレベルに合わせる』って事でしょ」

 小首を傾げる。

 あたしの答えが正解だろ?といわんばかりに。

「いや……そんな風には」

「あたしには、そう聞こえた」

 柏崎は俺に向き直ると――

「自分の事を見て欲しいなら、まずは自分から他人の事を見なきゃダメだろ」

「……え?」

「南雲は何となく自分の事しか見えてない気がする。さっきの話だって南雲が最初にすべきことは頑張りを称えることだ。試す事じゃない」

 それと――と、柏崎はつづける。

「お前が周りに合わせたところで望むものは手に入らないと思う」

 ――っっ!!

「それじゃあ、この先も独りで生きていけって事かよ」

 無意識に言葉が荒くなってしまう。

「違うよ。合わせるんじゃなくて受け入れないとダメだって言ってるの」

「受け入れる……?」

「そう。渚がいい例かも知れないな」

「なんで宝条さんが出てくるんだよ」

「あいつの趣味って世間一般じゃ普通じゃ無いだろ。でも、それを含めてあたし達は渚を受け入れた」

「だから、渚は楽しさを共有してくれようとしてるだろ。これがお前の望むものじゃないのか?」

 話の筋は通っている。

 ただ――

「それは、ある程度関係が成り立っているからこその結果だろ!」

「関係ないよ。お前だって経験してんだろ?」

「あ…………」

 そうだ……。

 不慮の事故で俺は宝条さんの趣味を知った。

 その後の自白でも否定せず受け入れた結果がエロゲーや聖地巡礼に繋がった。

 柏崎は固まっている俺を気にせずトレーを持って立ち上がる。

「お、おい!俺はどうすれば……」

「見て欲しいならもっと周りに目を向けた方がいいよ。等身大で南雲のことを見てるやつがくらいいるかもな」

 ニッと笑い行ってしまった。

 確かに、自分の事ばかりで他人の事を考えた事は無かった。

 でも……そんな上手くいくのだろうか。

 そんな事で……この孤独感は晴れるのだろうか。

 柏崎の言葉を受け入れて尚、釈然としなかった。




 夜、リビングでくつろいでいると俺の携帯が震える。

 黒瀬さんからLINEだ。



『和葉に手伝ってほしい事があるんだけど……良いかな?』

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