第39話 再開

 公演会の翌日。

 気づかないうちに疲労が溜まっていたらしい。

 目を覚ましたときには、時計が九時を回っていた。

 夏休みに入ってから、ほぼ毎日美女三人と過ごしている。

 だが、今日は予定は無い。

 人と接する楽しさを知れたとしても、一人の時間は必要だ。

 夏休みは折り返しているが課題もほとんど終わっているし、今日はゆっくり二度寝を……。

 ――ピロンッ!!

 携帯の通知音が静寂な空間を破壊する。

 嫌な予感をしつつも携帯をとる。

『ゆるカフェのコラボカフェがやってるみたいです!行きましょう!』

 ゆるカフェ――今人気のアニメだ。

 個性の強い五人の少女達が、一つのカフェを切り盛りするエンタメ要素が多いアニメだ。

 宝条さんに進められ観始めたが、中々に面白い。

 そのコラボカフェかぁ……。

 せっかく一人の時間が確保出来そうだったのだが、興味には勝てなかった。

『今準備する』

 そう返信した頃には準備を始めていた。



「和葉くんは何にしますか?」

「えぇと……このオムライスにしようかな」

 俺は無難なものを選ぶ。

 俺は、夏休みに入ってから何度目か分からないコラボカフェを訪れていた。

 今回のアニメは、カフェが舞台のほのぼの系だ。

「ん、結構美味しいな」

「桜ちゃんや空ちゃんは、こんなに美味しいものを毎日食べているんですね……羨ましい」

 それもあって、料理の再現度は過去一番だった。

 まぁ、異世界のポーションとか現実で再現なんて限界があるし……。

 特典のコースターは銀色のプラ袋に包まれていて、封を切るまで誰が出るか分からない。

「和葉くん、和葉くん!特典のコースターは誰でした??」

 宝条さんは、前のめりで聞いてくる。

「秋ちゃん……だな」

 ツインテールに纏めた紅葉色の髪の毛。切れ長の目がジト目になっている。

 そんな女の子が俺の手の上にいる。

「ジト目の秋ちゃんだ!わたしは冬ちゃんでした!」

 涼しげな水色の髪の毛。

 おっとりとした顔つきの女の子で、作品屈指の人気を誇っている子だ。

「秋ちゃんって誰かに似てるなって思ってたんだけど……。柏崎そっくりじゃない?」

「た、確かに!この目つきと髪型は瓜二つですよ!」

 共感を得られてよかった。

『コラボカフェは回転率が大事!』

『食べ終えて少し休憩したあと出ましょう!』

 と、初めてコラボカフェを訪れた際に教えられたので、本当に少しだけ休憩して出ることに。

 当の本人が名残惜しそうなのが面白いが。

「これで解散も寂しいので、少し歩きませんか?」

「良いよ、家にいても退屈だしな」

 近くにあった大きなショッピングモールで散策することにした。

 歩き始めて少し経ったとき――

「あ、あの、和葉くんは……す、好きな人とかいるんですかっ!?」

「え?好きな人?」

 突拍子のない質問に思わずオウム返しをしてしまった。

 ただ、好きな人……か。

 俺は現在、宝条さんに雫、柏崎と学年屈指の美少女と仲良くしている。

 夏休みも一緒にいることが多いから、傍から見れば羨ましい限りだろう。

 そんな状況にも関わらず、俺は誰一人にも好意を抱いていない。

 理由なんて分かっている。

「いるよ」

「それって……前に言っていた中学時代に好きだった人ですか?」

「そう。未だに未練がましく引きずってるだけだよ」

 おどけて笑ってみせる。

 だが、宝条さんは気になっている様子で――

「告白とか……しなかったのです?」

「してないし、さよならも言ってない」

「それは……確かに、諦めきれませんよね。可能性があったわけですし」

 ――可能性……か。

 なんか、湿っぽい空気になってしまった。

「素敵な人だったんだよ。だから――」

 フッと隣を横切った女性を見て、俺は思わず足を止めてしまった。

 それは、相手も同じだったみたいで数歩先で足を止めお互いに顔を合わせる。

 そうして――



「え?和葉くん?和葉くんよねっ!」



「中野……先生……」

 もう会うことは無い。

 そう思っていた、かつての俺の想い人『中野なかの香苗かなえ先生』が俺の前にいた。

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