南雲 和葉

第32話 怪我の功名

 夏休みが始まって三日が経った。

 怪我をした足首は、ただの捻挫だったが無理をしたせいで一週間の安静が必要になった。

 まぁ、長い長い夏休みの内の一週間だ。

 そもそも、外に出る事なんてないしな。

 そう思い、湿布を取替えるため箱に手を伸ばす。

「しまった……。これが最後の一枚か」

 手に取った最後の一枚を見つめ呟く。

 早速外に出なきゃいけなくなってしまった。

 俺は、暑さのせいでゆらゆらと陽炎が立っている外を眺めてため息をつく。

 時刻は十一時。

 間もなく正午に差し掛かり、暑さも比べ物にならなくなるだろう。

「行くかぁ――うん?」

 左足を庇いながら腰をあげると同時に来訪者を知らせるインターホンが鳴る。

 ネットショッピングなんてした覚えは無い。

 ということは――来客か?

 モニターを確認すると、来訪者は柏崎だった。

 壁をつたいながら玄関まで出向く。

「よ」

 ドアを開けるなり、片手を上げて挨拶をしてくる。

「柏崎か、びっくりしたよ。なんかあった?」

「いや、その足じゃ買い物とか大変だろうから……色々買ってきた。バイト代入ったし」

 言いながら、ドラッグストアの袋を顔の横まで持ち上げる。

「ちょうど、買いに行こうと思ってたから助かったよ。……中入る?お茶くらい出すよ」

「あー……」

 柏崎は、チラッと横を見る。

 つられてドアの外に顔を出すと――

「やほ、和葉」

「お久しぶりです、和葉君」

 ラフな格好の黒瀬さんとワンピース姿の宝条さんがいた。

「……ずいぶんと大所帯だな」

「それは、加奈子に言って欲しいね。僕達は加奈子に誘われただけさ」

「ちょ、おい!雫!」

「一人で行くのは恥ずかしいから付いてきてって。僕は和葉に会えるから乗ったけどね」

 まぁ、色々あったらしいが心配してくれていたことは伝わった。

「とりあえず、入りなよ。暑いでしょ」

 女の子を部屋に招き入れる日が来るとは思わなかった。

 しかも、学年問わず人気な三人。

 夜道には気をつけよう。




「湿布とか救急箱に入れとくぞ〜」

「ありがとう、後でお金返すよ」

「良いってば、甘えとけ」

 シッシッと手で払われる。

 彼女なりの気遣いだろうし、ここは素直に甘えとくとするか。

「もう、お昼ですが和葉くんはご飯は食べましたか?」

「いや、まだだけど……」

 俺の返事を聞いた宝条さんは、嬉しそうに手を合わせる。

「でしたら、わたしが簡単なものをお作りしますね!」

「いや、流石にそこまでしなくても……」

「お気になさらず!本当に簡単なものですから!」

 ま、まぁ……。好きなようにやらせてあげよう。

「あたしも手伝うよ。四人分の材料買ってきてんだろ?」

「ありがとうございます!じゃあ、お願いします!」

 部屋に招き入れた時、宝条さんだけ最初にキッチンに行っていた。

 その理由は材料を置きに行っていたからか。

 宝条さんと柏崎がキッチンに向かおうとすると――

「はいはい!僕もやる!」

 俺の隣で漫画を読んでいた黒瀬さんは、爛々と目を輝かせて名乗り出る。

 宝条さんと柏崎の料理センスは未知数だ。

 けど、黒瀬さんはお昼のお弁当を作っている実績がある。

 だが、二人の反応は俺と真逆だった。

 柏崎はガシッと黒瀬さんの肩を掴み、ソファに座らせる。

 宝条さんは後方で困り笑いを浮かべていた。

「雫、お前はここで南雲の相手をしてろ」

「え?でも、僕も――」

「な?南雲?雫と一緒にいたいよな?」

 はいと言え。首を縦に振れ。

 そう、ギロリと目で睨まれる。

「あ、うん……。確かに、一人は寂しい……かも……?」

「そう?ふふんっしょうがないな!なら、僕はここにいるよ」

 満更でも無さそうに深く座り直す。

 二人がキッチンに消えたあと、俺は恐る恐る聞いてみる。

「黒瀬さんって……実は料理苦手?」

「ん〜少しね」

「でも、お弁当作ってなかった?」

「あれはね?実は冷食なんだ〜……てへ」

 舌をチロっと出してウインクする。

 俺の中で家庭的な黒瀬さんのイメージが崩壊した瞬間だった。




 宝条さんと柏崎の料理を堪能し、宝条さんの淹れたほうじ茶で一息ついていると――

「そーいえばさ、隣町に新しくウォーターパークが出来たらしいよ」

「それ、あたしも聞いた。結構大きくてアトラクションも沢山あるらしいな」

「へぇ!夏休みですし、みんなで行きたいですね!」

 水着が〜とか、いつ行こうか〜なんて、俺の隣で和気あいあいと夏休みの計画を立て始める。

「で、和葉は水着持ってるの?」

「んぁ?いや、持ってないよ」

 気が抜けていたせいで変な声が出た。

 なぜに、俺の水着事情まで聞くのか。

「そうか!じゃあ、みんなで水着買いに行こう!」

「良いですね!行きましょう!来年も使うかもしれません!」

 意気投合する黒瀬さんと宝条さん。

「え?」

「は?」

 置いて行かれる俺と柏崎。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は行く必要ないだろ」

「せっかくだし、一緒に行こうよ。和葉の好みも知りたいし」

「わたしも知りたい!足の怪我が良くなったら行きましょう?」

 あ〜この流れは……。

「……諦めろ南雲」

「……わかった。怪我が良くなったら連絡するよ」

「ね!和葉はどんなのが好き?やっぱりビキニ??」

「和葉くん、結構際どいの好きじゃありませんでした??だって、この前ゲームしてた時に――」

「え……南雲。お前もやっぱ男なんだな」

 このあと、テンションの上がった黒瀬さんと宝条さんに質問攻めされたのは言うまでもない。

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