第27話 一番の才能
――翌日の昼休み
あれから、柏崎のことを考えていた。
――が、そもそも意味がなかった。
俺は柏崎のことを何も知らないのだ。
そして、俺は柏崎ばかりを気にしてもいられない。
以前、黒瀬さんと有名な劇団の演劇を見に行った際、譲ってもらったチケット。
そのチケットは向こうが提示した条件を飲んで譲ってもらった。その履行期間が近づいている。
『夏休み初日の公演会に参加すること』
それが条件だ。
黒瀬さんに喜んでもらうため、背に腹はかえられなかった。
舞台に上がるのは良い。
しかし、上がるにあたって俺には譲れないことがある。
それは――
「俺のメイクさん……どうしよう」
そう、これだ。
演劇の際、必ずメイクをすることになる。
メイクさんは劇団に在籍してる人もいれば、委託されて来る人もいる。
ほとんどの俳優は、そのメイクさんに任せることになるのだが……。
中学生の頃から俺だけが拒否をしていた。
知らない人に、まじまじと近くで顔を見られるのが嫌だ。
こんな理由だ。
中学生の頃は妹にやってもらっていたのだが、今は地元を離れているため、簡単には呼べない。
――『この前さ、遂に美の魔術師にメイクしてもらったの!わたしと全然比べ物にならないくらい上手だった!』
――『良いなぁ〜柏崎さん気分屋だもんね〜!ていうか、本人の前で美の魔術師って言ったら怒られるよ?』
――『流石に言ってないよ〜へそ曲げられたら嫌だしさ〜』
「ん?柏崎?」
唐突に聞こえた彼女の名前に思わず、足を止める。
聞き間違いじゃなければ、メイクって単語が聞こえた気がする。
「ねぇ、柏崎ってメイクできるの?」
他クラスの女子だったが、思わず声をかけてしまった。
突然現れた俺に、一瞬ギョッとしたがすぐに教えてくれた。
「柏崎さんメイク凄い上手なんだよ!」
「そうそう!希望通りに仕上げてくれてさ!そのあとも、手厚く教えてくれるから凄い人気なんだよ!」
意外と面倒見が良かったりするのか?
思い返せば、バッティングセンター行った時も付きっきりで教えてくれたし。
「あとね、あとね?」
興奮した様子で話してたかと思えば、急に小声になる。
「影では、美の魔術師なんて呼ばれてるんだよ?彼女の手にかかれば美しくなれるって意味を込めてね?」
「へ、へぇ〜……美の魔術師ね」
「あ、これ本人に内緒ね?へそ曲げちゃうから」
「気をつけるよ、教えてくれてありがとう」
礼を言い、その場を後にする。
もしかしたら、これが柏崎の才能かも知れない。
二つ名はあれだが……。
「柏崎、アルバイトって興味無いか?」
「は?バイト?」
バッターボックスから出てきたばかりの柏崎に提案してみる。
「そう、夏休みの一日だけ」
「え〜面倒くさそうじゃん」
俺から受けとったペットボトルに口をつけながら、心底嫌そうな顔をする。
「たった一日だけど時給は良いよ?ほら、夏休みは宝条さん達と遊ぶんでしょ?」
「遊ぶけどさ〜……一応、聞くけどどんなバイト?」
「舞台の俳優にメイクを施すバイト」
あれ?と首を傾げる柏崎。
「あたしがメイク得意って言ったっけ?」
「噂で聞いた」
「なるほどね〜――って、やだよ!あたしプロじゃないし!そうゆうのって、専属の人がいるんだろ??」
まぁ、そうだよね。
プロの俳優にメイクをお願い!なんて、メイクアップアーティストでも無い限り普通は断る。
でも、今回柏崎が相手にするのはプロの俳優じゃない。
「安心してくれ。柏崎は俺だけ担当してくれれば良いんだ」
「いやいや!なんでだよ!やってもらうなら、プロの人たちの方が安心だろ!」
「俺はさ、知らない人に顔触られるの嫌なんだよ。だから、一度もやってもらったことがない」
「そんなこと知らん!絶対にいや!」
全身からやりたくないオーラが漂っている。
「頼む。柏崎の力が必要なんだよ」
「大体なんであたしなんだよ!他にメイク出来るやつ紹介してやるから、そっちを頼れよ!」
さっと、携帯を出して指を画面の上で滑らせる。
恐らく、本気で紹介してくれるつもりなんだと思う。
でも――
「柏崎よりすごい人なんていないよ。技術と知識は柏崎が一番なんだ」
ピタッと指が止まる。しばしの葛藤の末――
「でもさぁ……それで、もし失敗したらどうなるんだよ。責任取れねーぞ」
いつもの柏崎らしからぬ、自信なさげな声。
「大丈夫。普段通りにやってくれるだけで良いよ」
「そうじゃねーって。お前の評判に傷をつけるかもしんないんだぞ?」
嫌いな俺の心配をしてくれていたのか。
それなら、問題ない。
「俺は、そこまで有名じゃないから平気。黒瀬さんの方が有名だよ」
「あっそ……。本当にあたしの方が良いのか?取り消すなら今のうちだぞ」
「うん。柏崎じゃないと嫌だ」
「……わかった。そこまで言うならやってみる」
こうして、俺の課題もなんなく解決できた。
今回の舞台成功が、柏崎の問題解決につながる。気を引き締めていこう。
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