第26話 好きこそ物の上手なれ

 俺が連れて来られたのは展望台だった。

 七月の夏なので日は沈んでいないが、太陽は傾きかけている。

 柏崎はベンチに座るなり、唐突に話し始める。

「あたしにはさ、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだ」

 俺もベンチに間隔を空け座る。

「んでさ、その二人がすげーの。お前は、柏崎かしわざきかけるって聞いたことある?」

「……ごめん、聞いたこと無い」

「へっ!?……じゃあ、柏崎かしわざき悠亜ゆあは?」

「聞いたことないな」

 まじかよ、こいつ……みたいな顔された。

 ニュースサイトは極力見ないようにしている。

 俺の親はニュースの常連だ。

 嫌でも目に入ってしまうから。

「ふぅん……。そっか、生きてれば名前を聞く程度に有名かと思ってたけど、そうじゃないんだ」

 そういう柏崎は、なぜか嬉しそうだった。

 まるで、自分の兄弟のことを知らない人がいたことに喜んでいるかのような。

「なんで、そんなに嬉しそうなの?俺は、知らなかったんだよ?」

「別に喜んでるわけじゃねーよ。ただ、知ってたら無意識に比べられるから……」

 たしかに、身内が有名人なら避けては通れない道だ。

 相手に悪気はなくても、こちらはストレスになる。

「それで……。そこから、どう繋がるんだ?」

「あの二人はさ、あたしくらいの時期には、すでにプロの世界に片足突っ込んでたんだよ」

 眼前に広がる街並みを眺めながら、ため息混じりに語る。

「なのに、あたしはあの二人みたいな才能が無いからさ。何してんだろうな〜って」

 俺との共通点が見えない……。

 けど、柏崎にとって大事なことなんだろう。

「柏崎は器用で要領がいいじゃん。それも、才能だと思うけどな」

「そんなの才能じゃねーよ。才能ってその人にとって唯一無二のものだろ?」

 あたしはそれがほしいんだ――と、目を伏せ言う。



 ――『あ〜あ……俺もお前みたいに天才だったら、こんな苦労もしなくていいんだけどな』

 ――『俺らの血の滲む努力も、お前は才能一つで片付いちまうもんな』



 思わず舌打ちしそうになった。

 落ち着け。これは、柏崎が言った言葉じゃない。

「……でも、その個性を活かせば見つけられるかもしれないじゃん」

「あたしもそう思ってたんだけどな〜……結局、器用貧乏止まりだよ」

 口調的に出来なかったと察せられる。

「じゃあ、俺が嫌われているのは、柏崎と同じ器用貧乏だから?」

「違う。お前もあたしと同じで、なにかを必死に探してる……そんな感じがしてた」

 ドキリと心臓が急に跳ねた。

 俺は『普通』というものを探してる。

 けど、他人に見抜かれるほど必死だったかな。

「お前もあたしと境遇は似てるだろ?生まれながらに身内が有名人。常に比較されてるって」

 柏崎には、下手に隠しても逆効果か。

「分かるよ。俺にもあった」

 それが、逆境になっていた時期もあった。

「だろ?でも、才能って先天的なものだから……所詮は無い物ねだりだよなぁ」

 つまり、俺は『普通』を柏崎は『才能』を求めている。

 簡単には見つからないモノを必死に探している。

 だから、似ている。同族嫌悪と言ったのか。

 一つ柏崎のことを理解できた気がする。

 柏崎はチラリと俺を見る。

「お前の探し物は見つかる気はするのか?」

「分からない」

「……そっか」



「才能ねぇ……」

 俺は、ベッドの上でつぶやく。

 才能を求める柏崎と才能を手放した俺。

 まさに対極に位置する存在だ。

「そうだ」

 携帯を手に取り、『柏崎翔』と『柏崎悠亜』の名前を検索にかけてみる。

 驚くことに多数の検索結果が出てきた。

 柏崎翔はサッカー選手。

 柏崎悠亜はフィギュアスケート選手らしい。



『日本人最年少でイングランドのプロトップチームに移籍が決定!!』

『移籍後の初試合で、ハットトリック達成!!圧倒的な攻撃力を見せMOMに輝く!!』



『今季注目の柏崎悠亜選手、女子シングルで過去最高得点を叩き出す!』

『冬季オリンピックの出場候補に名を連ねる!』



 悠亜さんは芽吹き始めたばかりだろうか?

 翔さんに比べたら見劣りする印象だ。

 まぁ、凄いことに変わりは無いが。

「たしかに、こんな功績を積み上げられちゃプレッシャー凄いよなぁ……」

 でも、これを『才能』と片付けてしまうのは違う気がする。

 柏崎は『才能』を過大評価し、絶対のものと考えている感じがした。

 才能ありきの結果。

 才能ありきの自信。

 才能ありきの人生。

 そんなものはまやかしだ。

 現に俺の妹は、演劇とピアノ両方とっても才能があるとは言えない。

 それでも、毎日楽しそうに練習に望んでいるのだ。そう遠くない日、俺を追い抜かすだろう。

 翔さんと悠亜さんにも同じことが言えるはずだ。

 翔さんのネット記事を見ていたら、ふと気になる記事を見つけた。

 とあるインタビュー記事だった。

『翔選手はイングランドチームに移籍が決まりましたが、幼少期からどのような努力をされてきたのでしょう?』

『僕は小さい頃からサッカーが好きでした。確かに他の人よりも努力は必要でしたが、毎日朝から夜までボールを追いかけていたら、気づいたらこんな所にいました』

 なるほど、これは……。

 つまるところ、柏崎に必要なのは――

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