第25話 バッティングセンター
キィィーーン!!
爽快な音が鳴り響き、ボールははるか遠くのネットに受け止められた。
バッティングセンターに来て三十分経った。
柏崎と黒瀬さんは、ウォーミングアップと称し遅めの球を打ち続けている。
俺と宝条さんは、順番待ちだ。
他に利用客がいるため仕方がない。
「二人とも凄いな。なんで、あんなに飛ぶんだ?」
「二人は、結構通ってますからね」
あれ?二人?
「宝条さんは、行ってないの?」
「わ、わたしは……その……観てるだけで十分なので」
まぁ、スポーツは観るだけでいいって人もいるし。おかしなことは無い。
けど、今日の宝条さんはしっかりと運動する服装だ。
「でも、今日はやるんだ?」
「た、たまには……良いかな〜なんて」
――ちょっとだけ、あれが増えてきましたし……。
ボソッと、なにかを最後に付け足す。
「え?なんて言ったの?」
「気にしなくていいです」
あ、はい……。
「次良いよ〜和葉と渚も軽く打ってきなよ」
気がつくと、目の前に黒瀬さんと柏崎が立っていた。
俺と宝条さんは、各々のバッターボックスに入る。
ヘルメットを被り、手袋をして準備OKだ。
球種とかスピードとかは……よく分からないから柏崎が残した設定のままやることした。
見よう見まねでバットを構える。
対面のピッチャーが振りかぶって投げる――
「どわっ!ひっく!」
俺の想定したコースよりも下に投げられ、全力で空振りをしてしまった。
「低くて悪かったな!!」
ベンチから柏崎の怒号が響く。
しまった……柏崎が設定したんだから、柏崎がやりやすいようになっているはずだ。
とりあえず、高さだけ調節して再度挑戦。
よく見て――振る!
キン!
当たりどころが悪かったのかヒットだ。
「よし!当たったぞ!宝条さん!」
だが、俺は喜びのあまり隣の宝条さんの方を見た。
そこには――
「やっ!」
――ブゥン!
「……それ!」
――ブゥゥン!
バットに振られてる宝条さんがいた。
「むぅ……なかなかやりますね」
俺は、見なかったことにしてピッチャーと向き直った。
全二十五球のうち十三ヒット。
空振りが多かったが、初心者にしては中々ではないだろうか。
思ったよりバッティングは良いかもしれない。
ストレス発散にもなるし。
「ゼィ……ゼィ……ゼェ……」
「だ、大丈夫?宝条さん」
「だ、大丈夫れす……。休憩……しましょう……和葉ぐん……」
息も絶え絶え……というか今にも死にそうな声で、よたよたと歩き出す。
ベンチに倒れ込む宝条さんを見ていると――
「お前さ、野球とかやってたの?」
横から、柏崎が声をかけてくる。
「いや、やったことも無いし観たこともない。正真正銘、今日が初めてだよ」
「へ〜、なんか筋がいいなって思って。教えてやるからもっかい立て」
スっと、バッターボックスを指さす。
「お、おう。お願いします」
成り行きだが、柏崎の指導を受けることになった。仲良くなれるチャンスだ。
ちなみに黒瀬さんは、宝条さんの介抱をしていた。
カキィィィーン!!
ボールはバッティングセンター奥のネットに吸い込まれる。
「そーそー!上手いじゃん!」
柏崎の手ほどきを受けた結果、さっきとは比べ物にならないくらい上達した。
手に伝わる衝撃と打ったときの快感が凄まじい。
「打てるようになると気持ちいいな!」
「だろ?つか、お前も要領がいいな!すぐ覚えんじゃん」
手塩にかけて育てた生徒が、かなり成長したからだろうか?
いつになく上機嫌だ。
「柏崎は誰かに教えてもらったの?」
「いや?他の人を見て学んだ」
なるほど。これは、たしかに要領がいい。
「まぁ、あたしが教えられるのは基礎くらいだけどな」
「え?でも、スライダーとかカーブとか球種あるけど……どう打てばいい?」
「知らん」
柏崎はヘルメットを被り、バッターボックスに立つ。
「あたしが教えられるのは基礎だけ」
そう言って、飛んでくる豪速球をテンポよく打ち返す。
――あっ……
気づいた。
早すぎて見えないボールも一定のテンポで同じ場所に飛んでくる。
柏崎は、それを同じフォームで待って打つだけだ。
感覚さえ掴めば、俺や宝条さんでもできる芸当。
おそらくは、見よう見まねでできる限界。
要領が良くても、見るだけじゃ技術までは会得できない。
二十五球すべて打ち返し、バッターボックスから出てくる。
「わかったか?」
「あぁ、わかったよ」
つまり、これ以上聞いても無駄ってことか。
打てるようになった俺は、あれから適度に休憩を挟みながらバッティングを続けた。
柏崎とホームランの的を狙ってみたり、黒瀬さんとヒット数勝負をしたり。
あっという間に時間が過ぎ、時刻は十六時。
「や〜楽しかったですね!」
宝条さんは、キラキラした笑顔で満足気に声を上げる。
「おめーは、ほとんど休んでたろうが!ダイエットはどうした!」
「か、加奈子ちゃん!和葉くんがいるから言わないで!」
真っ赤な顔で柏崎の口を両手で塞ぐ。
ダイエット?そんな、細いのに?女の子ってよく分からん。
やいやいとしたやりとりも、今日で何度目か。
「じゃあ、僕と渚はこっちだから!和葉、加奈子をよろしくね!」
そう言って、二人は歩き出す。
俺と柏崎も並んで帰路に着く。
「お前、今日ずっとソワソワしてんな」
「わかる?」
「嫌でも気づく。どーせあたしに聞きたいことでもあんだろ?」
話が早くて助かる。
「同族嫌悪ってさ、どういう意味?」
「またそれかよ〜しつけぇな」
「気になるんだよ。それに、柏崎とだって仲良くしたい」
「ん〜…………」
歩きながら腕を組み、唸りながら考える。
「他にあんまり聞かれたくないから場所変える。ついてきて」
そう言われ、俺は柏崎の一番落ち着くという場所へ連れていかれた。
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