第11話 選ばなかった選択
南雲くんに背中を押された勢いで飛び出してしまった。
まだ、覚悟が決まってないのに……。
未だに、怖くて仕方ないのに……。
それでも、体が動いていた。
理性がブレーキをかける前に、わたしは二人に連絡をした。
呼び出した公園のベンチに一人、わたしは腰をかけている。
小学生の時に、よく遊んでいた公園だ。
――どんな顔をして会えばいいの?
――なんて話せば受け入れて貰えるの?
――絶縁なんて言われるかもしれない
――そもそも、来てくれないかもしれない
思考がどんどん沼にハマっていく。
LINEをしてすぐ既読は付いた。
でも、返信は無かった。
それが、より一層不安を掻き立てる。
時刻は十七時。夕暮れのアナウンスが鳴り、子供たちはお家に帰って行く。
――ダメ……でしたね。
諦めて帰ろうとしたとき、二人分の影がわたしを覆った。
ゆっくり顔を上げると――
「遅くなってごめんね、渚」
「………………」
目の前には、雫ちゃんと加奈子ちゃんが立っていた。
「それで、話ってなにかな?」
「あ……えっと…………その……」
――わたし、実は漫画とかゲームとか好きなんです!ほんの少しだけ破廉恥ですが……
――黙っててごめんなさい!拒絶されるのが怖くて言えなかったんです!
そう言って頭を下げるだけ。
シミュレーションでは、簡単に出来ていた。
それなのに……!言葉が喉元まで上がっているのに……!
――言えない……。怖い……。
口を開けては閉じるを繰り返すばかり。
どれくらい時間がたったのだろう。
五分?十分?もしかしたら、たったの数十秒かもしれない。
「はぁ……無理しなくていいよ渚。帰るわ」
痺れを切らした加奈子ちゃんが背を向け歩き出す。
呼び出された挙句、何も言わず黙ったままなんてわたしだって嫌になります。
――終わってしまった。ほんの少しの勇気も出せなかった。これで……
「待て、加奈子」
今までで聞いたことの無い、ゾッとするほど静かで低い声。そして、怒りを孕んだ表情。
加奈子ちゃんも驚いたのだろう。ビクッとして振り返る。
「渚が勇気を出して僕たちを呼んだんだ。いつまで意地を張り続けるつもりだ?」
「…………っ!」
ゆっくりとこちらに戻ってくる。
雫ちゃんはこちらを振り返り――
「渚」
「は、はいっ!」
「僕たちは南雲くんに嫉妬してたんだ」
「……え?」
雫ちゃんは、真面目な表情で話し出す。
「僕たちは小学生からの付き合いだ。少なくとも、渚の事は学年の誰よりも知っているつもりだった」
「……はい」
「だから……。あのとき、君が南雲くんと僕らの知らない趣味で楽しそうにしていたのが面白くなかった」
あのとき――聖地巡礼をしていた帰りの話。
わたし……そんなつもりは……。
加奈子ちゃんが一歩私に近づく。
加奈子ちゃんは、ずっとわたしから顔を背けていた。
でも、今は睨みつけるようにわたしの目を見る。
「……あたしは、お前の態度が気に入らなかった」
「あいつの前では、キラキラした笑顔してたくせに、あたしらにはだんまり決め込んだその態度が!」
あのときは、バレたことと拒絶される恐怖で頭がいっぱいだった。
「あたしらと趣味共有すんのそんなに怖いのか?どうなんだよ?」
――『自分の趣味を否定する人たちの中に黒瀬さんと柏崎を含めるのは可哀想だ』
――『話してくれるだけできっと嬉しいはずだ』
「い、一回だけ……他の子に話したことがあって……その……」
「うん、それで?」
さっきと違う。優しく穏やかな声。
そんな声をかけられたら……。
「『普通の女の子はこんなもの好きにならない!』って言われっ、ちゃってっ!……それで、怖くっ、なっちゃって……言い出せなかったんですっ……!」
ポロポロと止めどなく涙が溢れてくる。
ずっと、胸に突き刺さってい言葉。
それを、今吐き出した。やっと、吐き出せた。
「泣くなって、お前はずっと泣き虫だな」
加奈子ちゃんは、涙を拭っていたわたしの手を退けて優しく両手でわたしの頬を包む。
「あたしらの知らないところで、そんなことあったのか」
「……っはい……」
「勇気出したのにひでーよな。そんなん友達じゃねーよ」
南雲くんの時は否定した。
けど、今度は否定出来なかった。
だって、加奈子ちゃんの私を見る目が――凄く優しかったから。
あのときのわたしを拒絶した子とは異なる、温かい眼差し。
「あたしたちはお前を否定しねーよ。渚の趣味も一緒に楽しませてよ」
「……うぅ……黙っててごめんっ、なさいっ……!」
「だから、泣くなよ……」
しばらくの間、わたしは涙を止めることが出来なかった。
「あー〜……腕しんどっ」
「えへへ……ありがとうね、加奈子ちゃん」
加奈子ちゃんは、わたしが泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた。
その役目から解放され、腕をブンブンと振る。
「それで?」
加奈子ちゃんが私に問いかける。
「えっとですね……これをどうぞ」
カバンの中から取り出した、一冊の漫画を手渡す。
「ん?漫画?漫画ならあたしだって読むし」
「中を見てください」
言われた通りパラパラと流し読みをして――
「ひゃわぁぁっ!!」
顔を真っ赤にして、思い切り雫ちゃんに押し付ける。
「渚っ!お前なんてもん見せんだ!!」
「顔真っ赤にして可愛いですね」
普段は、気の強い加奈子ちゃんが羞恥で顔を赤らめている……。ギャップ萌えと言うやつでしょうか!
「大袈裟だな加奈子は〜。どれどれ」
雫ちゃんも同じようにパラパラと読んで――
ボシュッ!と一気に顔を赤くする。
「う、うん……。なかなかに……その……」
「んだよ雫。あたしが大袈裟なんだろ?」
「ごめん、謝るよ」
耐性がないとそんなもんですかね?
一応、補足はしておきますか。
ただの破廉恥な漫画と思われるのは許せないので。
「破廉恥なシーンだけ見たら過激ですが……。漫画の完成度としてはかなり高いですよ?学園の恋愛モノです」
雫ちゃんは少し考え――
「渚、この漫画借りてもいいかい?」
「え?もちろん、構いませんが……」
「ありがとう!冒頭を読んだら面白そうだったから続きも読んでみたくなってね」
「読み終わったら、あたしにも貸せよ」
まだ、ほんのり顔が赤い加奈子ちゃんも興味を示してくれている。それだけなのに、すごくすごく嬉しかった。
三十分前まで生きた心地がしなかった。
嫌われるかも拒絶されるかもと怯えていた。
それなのに、こんなにあっさりと……。
「なに、笑ってんだよ渚」
「へ?笑ってましたか?わたし」
「あぁ、人さまには見せらんねぇ笑い方してた」
「嘘です!そんなはずありません!」
加奈子ちゃんはケラケラと笑い、私も雫ちゃんもそれにつられて笑う。
いつも通りの日常が帰ってきた。
「そろそろ帰ろうか?明日も学校あるしね」
「おー、そうすっか〜」
「泣き疲れちゃいました……」
三人で笑いながら歩く帰り道。
久しぶりに楽しい帰り道でした。
わたしは、あなたのおかげで乗り越えられました。
二度もあなたに救われた。
だから、今度はあなたの番ですよ。
昔の話をしてくれたときの悲しくて寂しそうな表情。
普段は掴みどころが無いけれど、あの表情は紛れもない彼の本心だと、わたしは確信してる。
もしかしたら、あなたが選んだ選択は、わたしが今回選ばなかった選択の結果なのでしょうか……。
彼は、ずっと独りで苦しむ選択を。
わたしは、道のりは苦しくても最後は笑顔で終われる選択をした。
ならば、今度はわたしが導いてあげます。
私の記憶の中のあなたは――そんな悲しい顔をしていなかったから。
さぁ、頑張りますよ!!
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