第10話 唯一分かり合える方法
翌日も宝条さんは他の友達と過ごし、柏崎は黒瀬さんと一緒にいた。
あの様子から察するに、依然として仲直りは出来ていないっぽい。
とりあえず、昨夜の時点で宝条さんに連絡はしてある。
ただ、返信は無く一方的な連絡になってしまっているが……。
俺は、放課後まで無理やり授業に意識を集中させた。
放課後、はやる気持ちを抑えつつ待ち合わせの場所まで移動する。
待ち合わせの『グリーンカフェ』の店内は、いつも挽きたてのコーヒーの香りがする。
ほんの少し、緊張がほぐれた気がする。
いつもの席で足をプラプラと遊ばせている宝条さん。
行動はいつも通りなのに元気がない。
覚悟を決め、宝条さんの対面に腰かける。
「……遅かったですね?」
「ごめん。すこし……道に迷った」
嘘だ。本当は、もっと早めに着いていた。
決心が揺らいでいた。
仲直りなんて上手くいくはずがない。
そう思っている俺が関わっても良いものかと。
「……そうですか。それで、珍しいですね?南雲くんからお話がしたいなんて」
「今の宝条さん達は見てられないから」
俺の言葉に宝条さんは、そっと目を伏せる。
当たり前だが、自覚はあるらしいな。
「わたしは大丈夫ですよ?他のお友達は仲良くしてくれますし」
「その割には元気がないぞ?強がるなよ」
「……わたしはどうするのが正しいんでしょう」
「宝条さんはどうしたいんだ?」
テーブルに乗せてる両手の指を、組んでは
「加奈子ちゃん達とまた仲良くしたいです……。でも、そうするためには好きなものを手放さなきゃダメで……。どちらか一つなんて選べません」
「別に選ぶ必要は無いと思うぞ」
「南雲くんも見ましたよね?あのときの加奈子ちゃん。とても……そんな雰囲気じゃなかったじゃないですか」
あぁ。やはり、趣味を否定されていると勘違いしている。
「そんなの、話してみないとわかんないだろ」
宝条さんは
そして、静かに首を横に振る。
「わたしの好きな物は、世間一般から見てよく思われてないことくらい知っています。男性の方でさえ冷たい目で見られるんですから、女のわたしなんて……」
「それはそうかもだけど、俺は悪くは思ってない」
「南雲くんが寛大なだけですよ……」
「なら、このまま柏崎達と卒業までさようならなのか?」
黒瀬さんが懸念している最悪の事態。
宝条さんは口をキュッと結んで黙ってしまった。
「なんで、そんなに頑なに話そうとしないんだ?俺には、躊躇わずに話したろ」
「あの時のわたしと南雲くんの間には、なにもありませんでした……。でも、今回は違います……」
「わたしと雫ちゃん、加奈子ちゃんの間には築き上げたものがあります。それが、壊れるのが怖い!すごく……怖いんですよぉ……」
宝条さんは、両手で自分を抱きしめ言葉を絞り出す。
「……なるほど」
俺は既に答えを聞いている。
だから、『話せ』と簡単に言えてしまう。
けど、宝条さんはいまだに暗闇の中だ。
と、考えていると核心とも言える話をポツリポツリと話し始めた。
「わたし中学生の頃に一度だけ、友達に話したことがあるんですよ……。そうしたら『普通の女の子はそんなもの好きにならない!』って、言われちゃいました……」
「それで、そのまま喧嘩別れです。何回も交流を試みたのですがダメでした……」
「雫ちゃんと加奈子ちゃんは、わたしにとってかけがえのない友達です!だから、もし同じ言葉で否定されてしまったら、とても……立ち直れる気がしません……」
なるほど……。
過去の経験が今の状況を引き起こしてるのか。
「友達に恵まれなかったな」
「わたしにとっては大切な友達だったんです……。そんな事言わないでください……」
「自分の普通を押し付けてくる時点で友達じゃないだろ」
「人には受け入れられないものがあります……。仕方ないことですよ」
思ったよりも過去のトラウマが強敵だ。
ここまで、苦戦するとは思わなかった。
「それでも俺は……話すべきだと思う」
「だから――」
「俺にもいたよ。今の宝条さんと同じくらい大切に思っていた友達が」
「……え?」
言葉を遮り俺の過去を話す。
少しでも役に立てれば良いなと――
「中一の頃、すごく仲がいい奴が出来たんだ。部活でも呼吸が合うし、プライベートでも楽しく遊んでた」
「部活も調子が良くてさ、全国狙えるってなった頃に俺が身勝手に部活を辞めた。それで、
「……なぜ……辞めてしまったのです?」
「好きな人が出来たから。その人は、ピアノが上手くてさ。俺も上手くピアノを弾いて、その人に近づきたかった」
「…………なんで……それだけの事を言わなかったのですか?言っていれば喧嘩なんてせずに……」
「言いたくなかったからだ」
俺はピシャリと言い切る。
恥ずかしかったから?
カッコつけたかったから?
冷やかされるのが嫌だったから?
違う。
好意を寄せていた相手は――俺が学生でいるうちは『普通』なら絶対に好きになって良い人じゃ無かったから。
「人に言っても……理解されない事だったから」
「それなら、私の趣味だって――」
「ただ、後悔してるよ――もし、理解されずとも素直に話すことが出来ていれば、少し先の未来は変わっていたんじゃないかって」
俺の話を聞いて葛藤しているのだろうか。
何かを話そうと口を開けるが、言葉が出てこず、結局俯いてしまう。
「話してくれるだけできっと嬉しいはずだ」
「……そんなことないです……きっと、心では……」
「宝条さん。自分の趣味を否定する人たちの中に黒瀬さんと柏崎を含めるのは可哀想だ」
「……っ!?わたしはそんな風に思ってないです!」
「思ってなくても、態度に出てるよ?わたしはあなた達を信頼できませんって」
無自覚だったのだろう。
宝条さんは、今日一番の動揺を見せる。
「宝条さんは、二人から信頼されている。だから、受け取った信頼を返すだけで良かったんだよ」
「ですが……今更どうやって声をかければ……だいぶ、時間が経ってしまってますし」
「いや、たかが二日だ。喧嘩前みたくおはようって言えばいいだろ?学校で話す内容では無いけど……」
「簡単に言いますね……。分かりました、頑張ってみます」
そういうや否やカフェを飛び出して行った。
走り去るのを見届け、俺は身体を弛緩させだらしなくソファに座る。
クックック……と思わず自虐的な笑みがこぼれる。
ごめん、宝条さん。一つだけ嘘をついた。
俺は、友達と喧嘩別れしたことを一度たりとも後悔したことは無いんだ。
むしろ、その程度で友達じゃ無くなるのかと失望さえしていた。我ながら最低だ。
友達が離れても何も感じ無かった俺が、彼女らの友情の仲を取り持つ。
滑稽極まりない。
それに、もし仮に、本心を話したとしても――この恋は絶対に実ることは無かった。
だって、俺が好きな人の左手の薬指には……――
翌日の教室はいつにも増して晴れやかな空気に包まれていた。
その、要因は窓辺で楽しく談笑している彼女たちだ。
仲直りが上手くいったようで、宝条さんたちは日常を取り戻していた。
俺は、その様子を視界の端で捉えながら席に着く。
仲直りしたということは、晴れて趣味友の俺はお役御免ということだ。
ようやく平穏な日々を過ごせる――
『緊急事態です!南雲くん!』
タイミング良く携帯が震える。
適当に返事をし、携帯を鞄の中に放り投げる。
どうやら、そんな上手くは行かないみたいだ。
けど、少しだけワクワクしている事に気付き、思わず笑ってしまった。
人と人は完璧に分かり合うことなんてできない。
個人間の常識を侵害しない絶妙なラインで成り立ってるだけの人間関係。
それが『友達』だと認識している。
本音を話しても受け入れられない。
話さなくても距離が出来てしまう。
脆く崩れやすい関係。
けれど――もし、分かり合う方法があるとしたら。
それはきっと、お互いがお互いを尊重し歩み寄る事だけだろう。
あぁ、そうだったのか。
俺が、かつて孤立していた理由。
理解なんて出来ないと歩み寄ることもせず。
必要ないと差し伸べられた手を取らなかったからだったのか……。
俺の物差しで他人を計っていたから……。
衝突して仲直りして……以前よりも友情が深まる。俺なんかが知る由もない景色だ。
この景色は、絶対に俺では見ることの出来なかった貴重なものだ。
ありがとう……宝条さん。
俺の持論を否定してくれて。
今回の経験で、ほんの少し『普通』に近づけた気がする。
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