第9話 難易度S級
翌日、教室は異様な空気に包まれていた。
それもそのはず、いつも一緒にいるはずの宝条さんのグループがバラバラになっているから。
各々の席で別の友達と話す。
それだけ見れば、別におかしなところは無い。
けど、目には見えない壁をクラスメイト全員が感じ取れていた。
無理に普段通り振る舞う宝条さん。
常にムッとしている柏崎。
黒瀬さんといえど機嫌の悪い柏崎相手は骨が折れるらしく、苦笑いをうかべていた。
「なんか……雰囲気悪くね?」
「喧嘩でもしたのかな」
「なんか冷戦っぽいね、距離あるし」
エロい事にしか興味が無い三馬鹿トリオも、この異常性に気づいたらしい。
事情を知らないもの同士の憶測が飛び交い始めている。
早めに解決したいのだが……。
頭を悩ませていると、ポッケに入れてある携帯が震える。
『どうしよう南雲くん……加奈子が思ったより不機嫌だ』
『遠目から見てても分かる』
『何か……良い手は思いついたのかい?』
『黒瀬さんのアシストにかかってる』
黒瀬さんは少しこちらを見て軽く頷く。
さて、俺が考えた作戦だが、それは――
「柏崎、少し話がしたいんだけど良いか?」
小細工無しの正面突破。
裏で上手くやれるほど器用じゃない。
俺は放課後、人が少なくなった頃合いを見計らって柏崎に声をかける。
視界の端には、黒瀬さんや残ったクラスメイトが驚いた表情で固まっているのが映った。
宝条さんは既に教室には居なかった。
「はぁ?」
「頼むよ、少しでいい」
「嫌だね」
ストレートな拒絶の言葉。
当たり前だが警戒されてる。
俺が声をかけた理由が分からないほど、柏崎も鈍くは無い。
早すぎるがお手上げの意味を込めて、黒瀬さんと目合わせをする。
「加奈子?少しくらい聞いてあげてもいいんじゃないかな?」
「なんで、雫がこいつの肩持つわけ?」
「加奈子は南雲くんに酷いことをしたじゃないか。聞くくらいしても良いんじゃないかい?」
「は?いつ酷いことしたんだよ」
黒瀬さんは、流れるように俺の横に移動して、俺の左頬を指先でちょんちょんとつつく。
予期せぬ不意打ちに俺の心臓にダメージが入ったが、なんとか動じずに堪えてみせた。
黒瀬さんの行動には意味があったようだ。
柏崎はハッとした表情で黒瀬さんを見ている。
勢い余ったとはいえ、俺に手を上げたことを思い出したのだろう。
「南雲くん……痛かったろうに……」
「…………っ!わーったよ!少しだけだぞ!」
「助かるよ、柏崎」
「でも、雫も一緒だぞ!」
悩んだ挙句、黒瀬さんと一緒という条件付きで話を聞いて貰えることになった。
とりあえず、第一関門突破か。
「で?なんだよ、話って」
屋上に着くなり、腰に手を当て催促する。
「土曜日のことだ」
「お前と渚が二人でいたことか?誰にも言わねーよ」
「それはそれでありがたいが……。本題は喧嘩の原因についてだよ」
目的を明らかにすると、柏崎は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「柏崎はああいうの嫌いなのか?」
「別に?好きでも嫌いでもねーよ、強いて言うなら興味無い」
あれ?思った反応と違う。
嫌いだから、あんな反応をしたんじゃないのか?
心の中で首を傾げる。
「それなら、なんであんな態度したんだよ」
「あたしは至って普通だよ。変なのは渚の方だったろーが」
柏崎は淡々と答えていく。
嘘は……ついてなさそうだ。
だが、言葉の端には――苛立たしさを滲ませている。
「宝条さんが変?」
「あたしは普通に面白いのかどーか聞いただけだろ?それなのに、何も答えないばかりか笑顔も引っ込めやがった」
――お前は良くて、あたしらはダメなんだってさ。
零れる本音。
「宝条さんにも事情ってやつがあるだろ?隠し事の一つや二つくらい」
「あたしらに話してくれたって良かっただろ!渚の好きなものくらい受け入れられるっつーの!」
――『俺に話してくれても良かっただろ!なんで、何も言わなかったんだよ!!バカになんてするわけねぇだろ!!』
柏崎が――かつての友人の面影と重なる。
「友達のあたしらが知らなくて、他人のお前が知ってるのがムカつくんだよ!」
「それでも……話せないことだってあるだろ」
「友達がいないお前に何がわかんだよ!」
話は終わりだと言わんばかりに早足で屋上を後にする。
「すまない、南雲くん」
静かに謝罪を残し、柏崎を追いかける黒瀬さん。
そうして、屋上にただ一人取り残された俺。
いったい、何に対する謝罪なのか。
役に立てなかったことか?
柏崎の俺に対する言葉か?
「失礼なこと言うなぁ〜。俺だって友だちくらい……――」
気持ちが少しばかり沈んだ。
いや、落ち込んでいる場合では無い。
とりあえず、収穫はあった。
柏崎は自分に話してくれなかったことに怒りを覚えている……と。
有益な情報だ。
けれど、残念なことに俺の思考は捗らなかった。
「……ん?」
夜の二十時。
普段は課題をしている時間帯だが、とてもやる気が起きない。
そんな時、黒瀬さんからLINEではなく着信が入った。
「……もしもし?」
『こんばんわ、南雲くん、いま平気かな』
「大丈夫だよ。どうかした?」
『いや、謝りたくてね。役に立てなくてすまない』
屋上での謝罪の理由が判明した。
「黒瀬さんがいなかったら話も出来なかった。だから、助かったよ」
『よかった……。で、南雲くんは今日の加奈子の言葉をどう受けとった?』
「どうって……」
『やはり、友達がいないってのは難儀だね……』
やれやれと言わんばかりの口調。
『ちなみにだけど、僕も加奈子とおんなじ気持ちだ』
「バカにするなって気持ち?」
『それもあるし、悲しいなって』
「悲しい?」
ますます分からなくなった。
本来、共存しえない怒りと悲しみの感情が、いまの柏崎と黒瀬さんの気持ち?
『まぁ、俗に言う嫉妬ってやつさ』
「……嫉妬……」
『僕は加奈子側だから。もし、渚がなにも動かないのなら、このまま卒業ってことになるね』
「いや……!それは、お互い良くないだろ!ていうか、協力関係じゃなかったのかよ!」
『だから、渚をお願いね……。それじゃ、おやすみ』
無情にも電話が切れる。
なるほど……嫉妬か。
誰もが持ってる飼い慣らすことが容易ではない感情。
それなら、屋上での柏崎の言葉も納得がいく。
そして、最後の『渚をお願い』は、僕たちの代わりに仲良くしてあげてって意味じゃない。
『背中を押してあげて』
これは、黒瀬さんが宝条さんとこれからも仲良くしたいという気持ちの表れだろう。
やることはシンプル。難易度はS級。
「あとは宝条さん次第だよな……」
そう言い、彼女に連絡するため俺は携帯に手を伸ばした。
多分――ここが、彼女にとって分岐点だ。
向き合うのか逃げ出すのか。
『人と人は完璧に分かり合えない』
そんなひねくれた持論を打ち砕いてくれる――そんなことを望んでいる自分がいた。
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