第8話 俺にできること

「参ったなぁ……」

 俺はベットの上で独りごちる。

 あの後――意気消沈している宝条さんをなんとか自宅まで連れて帰った。

 心配する気持ちもなかったわけでは無い。

 ただ――なんと声をかければ良いか分からなかった。

 『普通』の友人ならば、なんと声をかけるのか。

 ――大丈夫だよ、気にしなくて平気だ

 ――なにもあんな言い方しなくても良いのにな

 こんな言葉が浮かんでは、泡のように弾ける。

 違うな。しっくりこない。

 最近は土曜日に連れ出されることが多かった。

 その反動で、日曜日はダラダラと過ごしていたが――今日に限って落ち着かない。

「気分転換に散歩でもするか」

 散歩なんて趣味はないが、何もしないより遥かにマシだ。



 あてもなく街中を歩いていると、俺の目は見覚えのある人物を捉えた。

 向こうも俺に気づいたらしく、気さくな感じに手を振り近づいてくる。

「や!昨日ぶり!」

 黒瀬雫は微笑みながら声をかけてくる。

 黒瀬さんは陰で王子と呼ばれている。

 綺麗な黒髪ショートヘアに凛とした雰囲気。

 男っ気のある口調だが、粗暴な言葉は使わず穏やかで人当たりがいい。

 宝条さんに次いで、男女共に人気のある女の子だ。

「お、おう……昨日ぶり」

 入学から二ヶ月経ったが――話すのは初めてだ。

 こうも真っ直ぐ見つめられると……妙にむず痒い。

「こんなところで会うなんて奇遇だね!なにしてたの??」

「特になにも……。家にいても落ち着かないからさ」

「それってさ、昨日のことと関係あったり?」

「……まぁね」

 ふむ――と、黒瀬さんは考え込んでしまった。

 余計なことを言っただろうか。

 素直すぎるのも如何なものかと自省をしていると――パン!と手を叩く音が響いた。

 自分にしか聞こえないほど小さな音。

 けど、俺の意識を向けるには十分すぎた。

 現に俺は、両手を合わせた黒瀬さんから目が離せなくなった。

「南雲くん?少し、話をしよう」

「え?」

「こっちだ。ついておいで」

 言うなり、俺の前を歩き出す。

 まぁ、ダラダラと歩くより、誰かに相談する方が有意義な時間の使い方かもしれない。

 事情を知っている者なら、尚のこと良い。

 俺は黒瀬さんの意図を汲み、黙ってついて行くことにした。



「ここは僕のお気に入りだが、大人数向きではなくてね……申し訳ないが、他の子たちには教えてないんだ」

「俺なんかに教えてよかったのか?」

「構わないよ、南雲くんも他の子とデートのときはここを使うといいよ」

「……残念ながら予定は無いな」

「なら、しばらくは僕で我慢してくれ」

 ニコリと微笑みかけてくる黒瀬さんを俺は直視出来なかった。

 キザなセリフも黒瀬さんが言うと様になるんだよな。これが、王子か……。

 黒瀬さんお気に入りの和風カフェは外観から日本の風情が感じられ、中は和の情緒と清潔感でとても落ち着きのあるものだった。

 場所によって異なるらしいが、ここは靴を脱ぎ畳の上で食事を楽しむらしい。

 とりあえず、黒瀬さんのオススメを頼み、待っている間は昨日の話になった。

「それにしても、昨日は大変だったな」

「僕もびっくりだよ、まさか渚と南雲くんが二人でいるなんて」

「色々あってさ。ていうか、なんで柏崎を止めてくれなかったんだよ」

 俺の言葉に黒瀬さんは困り顔で返した。

 というより、返さざるを得なかったの方が正しいだろうか

「すまない……。あんなに怒ってる加奈子を見たのは初めてなんだ」

 つまり、初めて見る友達の憤った姿に対処出来なかったわけか。

「結果的に二人には知られたけど、黒瀬さんはどうなんだ?宝条さんの趣味について」

「どうもこうもないよ?好きな物はなんであれ否定はしないさ、理解してあげられるかは別だけどね」

「理解する努力はするってこと?」

「うん、そのつもりだ。……好きなものを否定される辛さはわかってあげられると思う」

 傲慢にも取れる発言。

 だが、どこか言葉に重みがある。

 黒瀬さんも何かしらの経験があるんだろうか。

「黒瀬さんは分かったけど、問題は柏崎か……」

「そうだね、加奈子は気が強いだけじゃなくて思い込みが激しい面もある。ただ、誰よりも真っ直ぐで素直な子だよ」

「どうだかな……」

 一区切りついたタイミングで注文の品が届いた。

 黒瀬さんは二人分の抹茶を頼み、他に生チョコレートやわらび餅など、抹茶と相性が良く二人でシェアできるお菓子を注文していた。

 とりあえず考えていても埒があかない。

 今は目の前の抹茶を楽しむことにしよう。

 そう思い、黒瀬さんに倣い抹茶を一口――

「んぐっ……思ったより苦いな……」

「抹茶の飲むのは初めてかい?」

「抹茶風味のお菓子はあるんだけど、飲むのは初めてだ」

「すぐ美味しいと感じるようになるさ」

 黒瀬さんは、正座を崩さず綺麗な姿勢で抹茶を楽しんでいた。

 宝条さんとは違う、和を感じさせる佇まいだ。

「あんまり、ジロジロ見られると照れるんだけど……どうかしたかい?」

「いや……ずっと見てられるくらい綺麗だなって」

「へっ!?いや、綺麗だなんて……!他の子の方がもっと綺麗だよ……僕なんかより……」

 ただ思ったことを伝えただけだ。

 それなのに、この過剰反応っぷりは一体……?

「仕草が綺麗だけど、なにか習ってたのか?」

「あぁ、そっちか……。うちは所作とか厳しくてね……。あと、南雲くん、女の子相手に思わせぶりな発言は良くないよ?」

「いや、断じてしてないよ?」

 少しムッとした顔で窘められたが、全くもってそんなつもりは無い。

 最初は苦味に顔を顰めていたが……。

「なんか、甘く感じてきた」

「ふふっそうだろう?」

 最後の方には、苦味も楽しめるくらいにはなった気がする。

「ところで、渚と南雲くんはいつの間に仲良くなったんだい?」

「まぁ、ちょっとした事故でさ……。仲良くなったのは二週間くらい前だよ」

「結構最近なんだね。事故っていうのは昨日みたいな感じかな?」

「そんなところだよ」

 黒瀬さんは口に手を当てたきり動かない。

「そうか……南雲くんは渚の姿を知っていたわけか」

「……?何が言いたいんだ?」

「いいや、こっちの話さ」

 黒瀬さんはどこか哀愁を漂わせつつも、話を打ち切った。



 お店も混み始めてきたので、お茶を済ませた俺らは、会計を済ませ外に出る。

「お金返すよ!僕から誘ったのに南雲くんに全部負担させるのは申し訳ないからさ!」

「いや、いいよ。俺も話し相手が欲しかったからさ、黒瀬さんがいて助かったよ」

 黒瀬さんは目をパチクリさせている。

 そして、今までの魅せる笑顔ではなく、安心したような笑顔を見せる。

「……南雲くん」

「どういうこと?」

「いや、こっちの話。今回の件、僕一人じゃ厳しいから南雲くんも手伝って欲しいんだ」

「もちろん、そのつもりだよ。一応、月曜日に柏崎に話を聞いてみるよ」

「ありがとう!加奈子の事は任せて欲しい!」

 そうして、カフェの前で解散となった。

 黒瀬さんが歩いていった方角を眺めていると、黒い感情が心の奥底から湧き出る。



 人と人は完璧に分かり合うことなんてできない。

 個人間の常識を侵害しない絶妙なラインで成り立ってるだけの人間関係。

 それが『友達』だと認識している。

 本音を話しても受け入れられない。

 話さなくても距離が出来てしまう。

 脆く崩れやすい関係。



 かつての俺の友人がそうしたように――黒瀬さん達も宝条さんから離れてしまうのが目に見える。

 それでも、俺は仲を取り持つと言った。

 結果は見えてても、精一杯やってみよう。

 俺は、黒い感情を胸の内にしまい静かに決心した。

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