第7話 いざ、聖地へ!

 土曜日の朝十時、俺と宝条さんは電車に揺られていた。

 というのも、宝条さんからアニメに使われた舞台を巡る「聖地巡礼」の誘いを受けたからだ。

 前回みたいに早朝じゃなくて助かった。

「今日は三ヶ所ほど周ってみようと思います」

「近場に三ヶ所もあったんだな」

「住んでいる場所の近くが舞台になっていたってうれしいですよね」

 嬉しさを滲ませた笑みでこちらを伺う。

 そうだね――と、無難な返事で済ませる。

 一応、アニメは全話視聴した。

 だけど、どの場面が『聖地』になっているかは把握していない。

 というか、出来なかった。

 それほど、自然にアニメの中に溶け込んでいた。



 最寄りの駅から五駅分離れた街に到着した。

 遠くには、この街のシンボルであろう教会が見える。

 この街は、商業施設や娯楽施設は揃っている。

 ――が、それ以外は普通だ。

 アニメでは、日常を送るシーンもあったが……。

 どこも、記憶と合致しない。

「見た感じ普通の街だけど……本当にあるの?」

「ほら、あの教会ですよ」

 スっと遠くにある教会を指さす。

「え?あれ?」

「遠くからじゃ分かりませんね。近くに行ってみましょう」

 心做しか宝条さんの足取りが軽い。

 歩くこと十分。

 さっきまで小さかった教会が、見上げるほど大きなものになっていた。

 ここまで来ると流石に分かってしまう。

「これって……主人公がデスゲームのルール説明を神父から聞いていたあの教会?」

「正解です。アニメと同じ……いえ、それ以上に貫禄ありますね」

 宝条さんは帽子のつばを少し上げ、教会の全貌を眺める。

 俺は、教会から視線を外して、後ろを向き――

「で、この協会の前で、いきなり襲われるんだよな」

「まさかの展開でしたよね」

「あのシーン、主人公死んだのかと思ったよ」

 宝条さんは、俺の視線より少し先を指差して――

「あそこで見るも無惨に吹き飛ばされたんですよね……なんか、血の跡ありませんか?」

「いや、あってたまるか」

 神聖な協会の前で、おぞましい事を言うな。

 協会の敷地内は入れないので、周りをぐるりと一周して一つ目の巡礼を終える。

 アニメを見ただけで、楽しめるか不安だったが……杞憂だったみたいだ。



「お次はこのお寺です」

「ライバルと共闘するシーンの舞台だな」

 正直、驚いていた。

 閑静かんせいなお寺の雰囲気から御神木ごしんぼくの場所、立てられている看板まで一緒なのだ。

 特に、このお寺の特徴である大きな香炉を見つけた時は感動した。

「主人公と常にギクシャクしていたライバルが、敵を撃退する為に共闘!しかも、意外と相性良さげだったのが良かったですね」

「けど、共闘の後、ライバルが主人公を切りつけたのは残念だったよな」

「なにか因縁がありそうですよね……」

 裏切ったのか。

 敵を欺くための一芝居か。

 怒涛の展開ゆえに鮮明に覚えている。

 ちなみに、ここは一般開放されているみたいで、ご年配の参拝客の姿が多く見られる。

「せっかく来たし俺らも参拝していく?」

「良いですね、そうしましょう!……ちなみにですが、ここ縁結びのご利益があるみたいですよ」

「え?そんなのところで、戦ってたの?」

「もしかしたら、主人公(男)とライバル(男)が結ばれるって伏線かもしれません」

「まぁ……想像するのは自由だよ」

 ここでも、アニメと同じ角度で数枚写真を撮っておく。

「物は同じでも、看板の位置とか場所は全然違うんだな」

「それはしょうがない事ですよ?アニメの都合です」

 そ、そうか……。

 触れてはいけないタブーを触れたらしい。



「わぁ……アニメと同じ内装ですね!」

「普段通ってるカフェと雰囲気が違うな」

 聖地巡礼の最後を飾るのは、このレトロカフェだ。

 戦いに巻き込まれながらも、主人公と志を共にする女の子とのデート回で使われた場所だ。

「あ、南雲くん!女の子が食べてたパフェありますよ!」

「あれ、アニメだと大きく見えたけど、実際はどうなんだろうな」

「結構盛られてたりしますからね。頼んでみましょうか」

 宝条さんは特大パフェを頼み、俺はブレンドコーヒーを注文した。

 十分ほど待った俺らの前に現れたのは、特大の名に恥じぬ、全高六十五センチメートルのパフェ。

 アニメと変わらない大きさだ。

「食べれるの?」

「半分こしませんか……」

「コーヒーだけ頼んでよかったよ」

 万が一に備えて良かった。

 結果、半分にしても一時間ほどかかってしまった。

 途中でアニメの再現をするか聞かれたが断った。

『あーん』はハードルが高すぎる……。



 カフェを出て近くの公園のベンチに休憩がてら、腰をかける。

 生クリームやアイスがお腹に負担をかけているのは言うまでもない。

 ともかく――

「なんとか、全部周りきれたな」

「予定通りです。楽しめましたか?」

「思ったより楽しめたよ、ありがとな」

「いえいえ。ただ、最後に行きたい場所があるんですよ」

「良いよ、暗くなってくる前に行こうか」

 一つ増えるくらいどうってことは無い。

 この際、最後まで付き合ってみようか。

「わたしが行きたいところはですね――」



「うはぁ〜!見てくださいよ、南雲くん!」

 右を見ても左を見ても、グッズで埋め尽くされていた。

『アニメイト』に俺たちは来ていた。

 最後に行きたかった場所というのはここらしい。全く、アニメと関係がなかった。

 『アニメイト』はグッズだけではなく、ゲームや漫画、画集など幅広く取り揃えられている。

 そのお陰で、俺みたいなアニメに詳しくない人でも楽しめそうだ。

 宝条さんは、少年がトランペットを眺めるみたいにキラキラした目で、ありとあらゆるグッズを物色していた。

 ちなみに、俺は漫画コーナーしか行くところが無いため行動エリアが限られる。

 と、宝条さんがグッズエリアから手招きしてるのが見えた。

「南雲くん!アリスちゃんとカナエちゃんどっちがいいですかね?」

「ん〜……?宝条さんが好きな方を買えばいいと思うよ?」

「どっちも好きなんですよ……どうしよう」

 なにやら、アニメのキャラクターらしいが、さっぱりだ……。

 あとで調べてみよう。

 その後――たくさん買えたようで宝条さんは満足気な顔で店を出る。

 俺も、宝条さんの満足そうな顔を見ていると、どこか心が温かくなる。



 ――この時点で気が緩んでいたことは否めない。

 ……だが、ここまでタイミングが悪いとは――



「あれー?渚じゃん!」

 聞き馴染みのある声がした。

 二人で振り返ると、そこには、黒瀬雫くろせしずく柏崎加奈子かしわざきかなこがいた。

 俺にとっては、ただのクラスメイトだ。

 だが、宝条さんにとってはそうじゃない。

 宝条さんにとって数少ない友達。

 アイドルとして扱う事なく、神聖視することも無い……対等な友達。

「珍しいね!こんなところで会うなんて!」

「そ、そうですね……珍しいですね……」

 動揺する宝条さんに気付かず、柏崎はいつも通りのテンションで話しかける。

 だが、手に持っている大きめの袋は嫌でも目立ってしまう。

「なに買ったん??見せてよ!」

「いや……これは……」

「ん……?ていうか、この袋のロゴさ〜そこのお店のじゃね?」

 宝条さんからみるみる顔から血の気が失せていく。

「もしかしてさ〜渚って好きなの?」

「…………」

「どの辺が面白いの?」

「…………」

 柏崎は、宝条さんの目を見て問いかける。対照的に宝条さんは、みるみる青ざめていく。

 何も言わない宝条さんに不満が蓄積しているのか聞き返す。

「ねぇ、教えてよ」

 そろそろまずいな。

「な、なぁ、柏崎?また、今度にしよう」

「うるっっさい!!!わたしに触んな!」

 勢いよく手を振り払われたかと思うと、左頬に衝撃が走った。

 殴られたと気づいたのは、頬が熱を帯び始めてからだ。

「渚、なんでなにも言ってくれないの?」

「…………」

「もーいいや、バイバイ渚」

「っ!!待って――」

 最後の『バイバイ』は、宝条さんにとっても良くないと感じたのだろう。

 声を上げるも、柏崎は既に遥か先へ走っていった。

 黒瀬さんは、複雑な表情で俺と宝条さんを交互に見たあと――柏崎を追いかけていった。

 残された俺と宝条さんには、先ほどまでの楽しげな雰囲気は無かった。

 鉛のように重たい空気。

 皮肉に感じてしまうほどのまばゆい夕陽が、俺らを煌々と照らしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る