第6話 二度目の誘い

 休日が終わり月曜日。

 学生にとって一番憂鬱な曜日だ。

 そんな学生の気分なんて露知らず、天気は快晴そのものだった。

 六月だが日差しはそこまで強くなく、微睡むにはちょうどいい気温だ。


 ――お昼休み


「こんなところにいたんですか。探しましたよ、南雲くん」

 屋上のベンチでウトウトしていたところ、耳に優しい声が降ってきた。

 まぶたの上に乗せていた腕をどけると、朗らかに微笑む宝条さんがいた。

 夢から醒めれば目の前には超絶美女。

 なんて最高な目覚めだろうか。

 んなわけないか、これは夢だ。

 予鈴も聞こえなかったし、もう少し……。

「起きてください」

 ペチペチと頬を優しく叩かれる。

 当たり前だが、夢では無い。

「起きるからペチペチしないで……」

 傍から見れば恋人同士のじゃれあい。

 ま、そんな甘い関係じゃ無いんだけどね。

「何か用だった?」

 伸びと欠伸をしつつ聞いてみる。

「そんな気だるそうに聞かれると素直に言いたくないです」

 少しムッとした表情で抗議をしてくる。

 何しても可愛いって反則だよな。

「ごめんって、それで?」

「今週の土曜日は空いてますか?」

 ふむ……休日の予定を聞いてくるか。

 そんなもの予定表を確認するまでもなく――

「空いてるよ。また、ゲーム買いに行くの?」

 俺の問いかけに首を横に振る。

「もしかして……別のエロゲー……やるつもり??」

「エ、エロゲーは……しばらくは無しにしましょう」

 やや気まずそうに目線をそらす。

 やはり、無理をしてたっぽい。

 そりゃ、そうだ。

 画面から流れる甘い嬌声。

 少しばかり上気した宝条さんの頬。

 そして、嫌でもしてしまう俺。

 こんな経験をして次を誘うほど、宝条さんも常識を捨ててはいなかったみたいだ。

 ――と、話が逸れた。

「お手上げだ、教えてくれ」

「聖地巡礼をしてみたいなって思いまして」

「聖地巡礼……?」

 語彙的に色んなところを巡るってことだけわかる。

 宝条さんが簡単に掻い摘んで教えてくれた。

 ゲームやアニメでは、架空の舞台のみならず現実に実在する場所も使う。

 オタクの間では、その場所を『聖地』と呼び、訪れてはゲームやアニメの感傷に浸っているらしい。

「なるほど、だから『聖地巡礼』か」

「はい。その……ご一緒にどうでしょう?」

「わかった。予定は無いし……行ってみようか」

「はいっ!」

 やった――と、胸の前で小さくガッツポーズする姿に思わず、ドキッとしてしまう。

 結構レアな瞬間を見れたと思う。

 ただ、ここで一つ問題が浮上する。

「けど、色々歩き回るんだよな?」

「そうなりますね、行きたい場所は数箇所あるので」

「もし、友達に見られたらマズイんじゃないか?」

 俺が指摘した『友達にバレること』が聖地巡礼するにあたっての唯一の懸念点。

 前回は、早朝の時間帯だったし、購入後は即帰宅した。

 だが、今回は外での活動がメインだ。

「たしかに、可能性は零では無いですね」

「宝条さんの趣味もそうだし、俺と一緒にいる所も見られたら……どうなるか」

「たしかに、スッポンさんはお月様と一緒に歩けないですものね」

「誰がスッポンだ」

 冗談で言っていたらしく、口に手を当て控えめにクスクスと笑う。

「わたしは気にしませんよ?」

「周りが騒ぐんだよ……お互い良い気分にはならないと思う」

「では、前回みたいに服装を変えて帽子とマスクですね」

 宝条さんだけに変装せるのは申し訳ないので、俺もマスクくらいしよう。

「それでアニメ?それとも、この前やったゲーム?」

「『聖杯伝説』ってタイトルのアニメなんですけど……知ってます?」

「名前くらいは聞いたことあるかな」

 サッと携帯で調べてみると、俺の加入しているサブスクでも見られるみたいだ。

 現在は二期目に入っていて……全十八話か。

 空いた時間を使えば見れなくもないか。

「えっと……観て頂けるんですか?」

「行くからには、ある程度知っておいたほうが楽しめるでしょ?」

「南雲くん……ありがとうございます!」

 やや、感極まった状態で頭を下げる。

 至極真っ当なことを言ったつもりなんだが……。

「では、今度改めて連絡致しますね!あ……それとも、あのカフェに行きますか?」

「いや、LINEでいいよ」

「……そうですか、わかりました」

 少しだけ、シュンとした気がするが……。

 気のせいか?

 それでは――と、彼女は俺に小さく手を振って、屋上から姿を消した。

「時間あるし……一話くらい観れるよな」

 再びベンチに横になりアニメを視聴する。

 一話だけのつもりだったが、あまりの面白さにのめり込んでしまった。

 その証拠に、予鈴で慌てて教室に駆け込む無様な姿を晒してしまった。

 宝条さんが慌てる俺を見て、クスクス笑っていたことは気付かないふりをした。

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