第5話 俺と美少女とエロゲーと

 「お茶入れてきますね。クッションどうぞ」

 宝条さんはクッションを用意して、キッチンの方へ姿を消した。

 友達とはいえ男の俺を自室に一人で置いておくのはどうなんだろう……。

 信頼されてると思っておこう。

 ――しかし……

 宝条さんの部屋に案内されるなんて、入学した頃の俺なら考えもしなかっただろう。

 小さなテーブルの前に腰を下ろし、ぐるりと失礼のないよう部屋を見回す。

 彼女の部屋はクリーム色を基調とした柔らかな雰囲気で、宝条さんとマッチしていた。

 メイク台やクローゼット、勉強机にベッドはもちろん、漫画やノートパソコンも完備されていた。

 俺が思っていたより女の子の部屋だ。

 ゲームやフィギュアがたくさんい並んでいるものと思っていた。

 ふと、勉強机のサイドラックの最上段に目を引くものがあった。

 トロフィーに賞状。

 趣味がピアノと言っていたし、おそらくコンクールで入賞した際に貰ったものだろう。

 チープな作りものから本格的なものまで複数個ほど確認できる。

 どれも俺にとって馴染みあるものだ。

「あの、あまりジロジロ見られるのは……恥ずかしいです……」

 感傷に浸っていると横から控えめな声が聞こえた。

 ウーロン茶のグラスを持った宝条さんが、部屋の入口で恥ずかしそうに頬を染めていた。

「凄いね、趣味って言ってたけど本格的なコンクールも出てるんだ」

「先生に煽てられて参加しただけですよ」

「でも、あの右のやつ『日本音コン』の入賞トロフィーだろ?凄いよ」


『日本音楽コンクール』通称『日本音コン』


 一週間の間に三回の本番演奏を行い、総演奏時間が一時間を超えるコンクール。

 演奏力だけでなく精神力も試されるハイレベルなコンクールだ。

「ずいぶんお詳しいですね?あんまり、聞き馴染みの無いコンクールだと思いますが」

「む、むかし少しだけ調べたことがあってさ」

 少し気が緩んでいたのか喋りすぎた。

「そうだったんですね。それなら納得です」

 だが、宝条さんは追求することなく、グラスに入ったウーロン茶を手際よく配る。

 そして、ノートパソコンをテーブルまで移動させゲームの準備に取り掛かり始めた。

 ゲームを優先してくれて助かった。

「お待たせしました!やりましょ?」

 俺が返事をする前にゲームを起動させていた。

 複数の女の子が、ゲームタイトルを囁くように読み上げる。

 初めての感覚に背中がぞわりとした。

 不快に感じたというより――

 ――むしろ悪くない……ASMRが流行るのもわかる気がする。

「あぁ〜……良いですねぇ、この感じ……ゾクゾクしちゃいます」

 宝条さんも妙に喋り方がねっとりしている。

 お淑やかさを失い妖艶さがプラスされた感じ。

 分かっていたが……想像以上だ。

 思ったよりも気を引き締めないといけないらしい……。



 エロゲーと一括りにしていたが、宝条さんいわく色々な種類があるとかなんとか。

 今回のプレイする作品は、学園恋愛ものらしい。

 コソッと調べて見たら過激な描写が前作より多いとか……。

 物語としては、今作の主人公(男)が、美術系の学校に進学した際、かつての幼なじみの双子姉妹と再開し、さらに学園内屈指の美人な先輩と知り合い、ドキドキな学園生活を送るというものだ。

 俗に言うハーレムものだろうか?

 序盤のストーリーを進めていくと、一つの選択肢が表示された。

「ときに南雲くんは、姉と妹のどちらを攻略したいですか?」

「え?いや、俺はどちらでも……」

「じゃあ聞き方変えますね。好みは年上ですか?それとも年下?」

「強いて言うなら……年上……かな」

「南雲くんの好みは年上……と」

 ゲームの話だよね?

 なんで復唱して静かに頷いてるんだ?

「なら、南雲くん希望どおり、姉の美月さんを攻略しましょう」

 姉を選択し物語は進んでいく。

 途中様々なイベントをこなしつつ、美月との親密度を高めていく。

 作業感が全くなく、俺でも後半には画面を食い入るように見ていた。

 ラストの夕焼けを背景に、主人公が姉の美月に告白するシーン――不覚にも心にくるものがあった。

 それにしても、妹の秋音も主人公に好意を寄せていたのに、それを隠して姉を応援する健気さといったら……。

「なんというか……ごめん、正直舐めてた」

「…………………………」

「宝条さん?」

「ぐす……良かったねぇ……美月ちゃん……」

 泣いていた。しかも、大号泣。

 気持ちは分かる。

 俺も、一人でプレイしたいたら泣いていただろう。

 ふと気づく。

 俺はいま、エロゲーとしてより一つの恋愛ゲームとして楽しんでいる気がする。

 エロゲー=エロス全開なゲームってわけじゃ無さそうだ。考えを改めねば。

「……ごめんなさい、感極まっちゃって……」

「気持ちは分かるよ。主人公と美月ちゃんだけじゃなくて、色んな人の想いが見え隠れしていたもんな」

「恐らくですが……次が一番大事なシーンですね」

「ん?次?」

 宝条さんが画面をクリックすると舞台が夕焼けから部屋に切り替わり……エロゲーの大目玉、SEXシーンが映し出される。

「…………っ!!」

 そうだよね!!エロゲーだもんね!

 物語の途中に水着シーンとかラッキースケベは確かにあった。

 けど、そんなものエロゲーではジャブ程度なんだろう……。

 イラストだけなら、まだ良かった……。

 しかし、ご丁寧にボイス付きである。

「美月ちゃん、水着のシーンでも分かっていましたが、結構おっぱい大きいですね……」

「そ、そうだね……」

「ふむ……今回は激しめですね。今作の主人公は情熱的でしたし……性格の現れでしょうか」

 依然として画面の中では、恋人になった二人が愛し合っている。

『テキスト』に『ボイス』と隙を生じぬ二段構え。

 製作者側の本気が垣間見えた。

「改めて声優さんってすごいですね。ここまで、臨場感を演出できるなんて……」

「ほんと……凄いよね……」

 ご褒美シーンは五分ほど続いた末、エンディングを迎えた。

 宝条さんは、余韻に浸るようにデスクに両手で頬杖をつく。

 俺は、疲労感を滲ませベッドの縁に背中を預けていた。

 ここまで、理性をフル稼働させた日は無いだろう。誰か褒めてくれ。

「序盤の純情なストーリーと打って変わって、後半は激しめでしたね。この、制作会社さんのスタイルは変わらなくて最高です!」

「序盤は良かったな……すごく楽しかったよ」

 楽しめたのは事実なので、素直に伝える。

 疲労感は半端ないが……。

「残りの女の子たちも攻略していきましょうか。次は南雲くんがプレイしてみませんか?」

「マジで……?」



 そのあとも、俺と宝条さんは――

 妹の秋音ちゃん

 先輩の朱音さん

 後輩の照葉ちゃんを攻略した。

 どの女の子のストーリーも作り込まれていてやり込み要素もある。

 攻略後のSEXシーンは……うん、それを含め楽しめたと言ってもいいだろう。

 そろそろ時間的に頃合いなので、帰ることにする。

 用が済んだのに、いつまでも長いする訳にはいかないしな。

 玄関まで、見送りに来てくれた宝条さんはぺこりと頭を下げ――

「今日はありがとうございました。その……どうでしたか?」

「緊張はしたけど楽しめたよ、ありがとう」

「良かったです!引かれてしまったらどうしようかと……」

「引かないよ。楽しかったのは事実だし、その……一度エロゲーをやってみたかったってのもあるし……」

 本心を伝えると、宝条さんは安心したように微笑む。

 最後にもう一度お礼を言い、部屋を後にする。



 ◇



 ――ガチャ


 ドアが閉まったのを確認すると、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 ドッドッと心臓の音がうるさい。

 まさか、こんな形で男の子を部屋に上げることになるとは……。

 わたしってこんなに大胆でしたっけ?

 あぁ〜……。

 引かれてませんかね?

 心臓の音……バレてませんよね?

「さすがに、エッチなシーンは気まずかったです……ゲームはしばらく控えますかね……」

 この制作会社さんはボイスが無かったので油断してました。

 よりによって、男の子と二人っきりのときにあんな……。

 それにしても、やっぱり南雲くんは優しいですね。

 私の趣味を否定しないどころか知ろうとまでしてくれる。



 それに……前々から気になっていた事が今回で確信に変わりました。

 それは――南雲 和葉は天才ピアニストの南雲 秋と親子関係にあるということ。

 同姓同名も疑っていたけれど、それも無くなりました。

 ピアノに本格的に触れてなければ『音コン』なんてコンクールの名前も難易度も知るはずがない。そのあとの動揺も確信させる材料になった。



 南雲和葉は中学一年生で突如ピアノ界隈に現れた新人。

 わたしを含め長くやってきた経験者を嘲笑うかのように、ありとあらゆるコンクールを総なめしていった。

 審査員全てを黙らせる程の圧倒的な技術力、表現力、音楽的センス。

 現実では羨望と嫉妬の視線を受け、ネットでは不満に思う人達からの誹謗中傷の嵐。

 それを、最優秀賞、金賞と結果で黙らせていく姿はまさに神童。

 快進撃が続くと思われた矢先。

 中学二年生の夏頃、彼は姿を消した。

 まるで幻影を見せられていたのかと思うくらいに……あっさりと。



 だが、なんの縁か。

 彼は今日、私の隣でソワソワしながら、一緒にゲームをしているではないですか。

 人生とは不思議ですね。

 かつて憧れた人と再開し、こうして仲を深めている。凄くロマンチックです。

 これからの事を考え、わたしは一人で胸を躍らせるのでした。


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