第4話 初めての秋葉原


「来ましたね〜朝早いのに人が沢山です!」

「早いなんてもんじゃないだろ……」

 時刻は朝六時。場所は秋葉原。

 昨日、宝条さんが生粋のエロゲープレイヤーと知らされた。

 そして、事態を飲み込めないまま、あれよあれよと今日の予定が決まってしまった。

 天気は快晴、宝条さんのテンションも充分、良い買い物日和と言えよう。

 それに、反比例して俺は落ち着かなかった。

 たしかに趣味友になると言った。

 だが、趣味友になって初めての交流でエロゲーを買いに行くだなんて思いもしなかった。

「それでは、早速向かいますか」

「そうだな、じゃないと早く来た意味ないしな」

 お店の場所は知らないので、そればかりは宝条さん頼りだ。

 当の本人も秋葉原は初めてらしく、携帯のマップと睨めっこしながら歩いている。

 何かあれば、宝条さんから声がかかるだろう。

 俺は秋葉原の街並みを楽しむことにした。

 さすがは、アニメの聖地、オタクの街と言われてるだけはある。

 今流行りのアニメを大々的に告知していたり、新作のゲームのPVが流れていたりと退屈知らずな場所だった。

 たまに……大人のお店があったりしたが。

 ちなみに、俺も秋葉原は初めてだ。

 別に、敬遠していた訳じゃない。

 ゲームはあまりやってこなかったし、漫画は近くの書店で事足りる。

 グッズやフィギュアなど集めようと思ったことがない。

 俺の人生に秋葉原に訪れる理由がなかった。

 それだけだ。

「南雲くん着きましたよ、ここのお店で間違いないです」

 俺が秋葉原の観光を楽しんでいると、意外と早く目的の場所にたどり着いたようだ。

「…………え?」

 俺は目の前に広がる光景に唖然としてしまった。

 早朝とも呼べる時間帯なのに、お店の前には、長蛇の列が出来ていたのだ。

 ブルーシートを敷いてる人。

 アウトドアチェアに座ってる人。

 地べたに座りながらノートパソコンでゲームをしてる人。

 俺たちなりに、早起きしてきたつもりだ。

「六時でも遅いの……?」

「比較的遅いですね。早い人は四時とかに並び始めますよ」

「それも、ネタバレのせい?」

「そこまではわかりませんが、純粋に早くプレイしたいって人の方が多いと思います」

「なるほどね……?とりあえず、並ぼうか」

 呆然と立ち尽くしている間にも、続々と列に人が並び始める。

 俺たちも最後尾に並び、あとは待つだけ。

 手持ち無沙汰なため、ぐるりと周りに目を向けてみる。

 男女共に、白と黒の二色でシンプルなコーデやカジュアルなコーデが多い印象だ。

 俺のオタクのイメージは、チェック柄のシャツにジーパン、大きなリュックサックを背負ってるって感じだが……。

 居ないわけでは無かったが、限りなく少ない。

 オタクの人たちも、ファッションに気を遣わなきゃいけない時代になったのだろう。

 チラリと隣を見てみる。

 宝条さんは、ホットパンツにロゴが入ったTシャツ、その上からカーキ色のカーディガンを羽織っていた。更に、深々と帽子をかぶりマスクも着用済みだ。

 宝条さんは、校則を守るためスカートは膝から上まで上げることは無い。

 ので、普段は絶対に見ることの出来ない領域を晒していることになる。

 絹のような滑らかな肌。

 程よいムチムチ感がなんとも……。

「南雲くん?どうかしましたか?」

 ハッとなり視線をあげると、宝条さんが不思議そうな顔で見つめてくる。

「今日のわたしの格好、変でしたか?」

 良かった……。どこを見ていたか――までは分からなかったようだ。

「い、いや……可愛いよ?けど、普段のイメージと違ってさ」

「わたしも普段は、こんな露出の多い服は着ませんよ」

「え?じゃあなんで……」

「変装です」

 真面目な顔でそう言い切る。

「人に見られる訳にはいきませんからね。イメージと真逆の服を着てれば、バレるリスクは下がると思ったので」

 ――それに、帽子とマスクもあります。

 と、帽子のつばをクイッと上げ微笑む。

 くそっ……!!可愛いすぎる!


 ◇


 その後――好きな漫画や観たいアニメの話をしていると、開店時間の九時になった。

 長かったような短かったような。

 そんな気分でいると、お店のシャッターが開き始めた。

 店員さんの販売開始の合図で、周りの熱気が急上昇したのを肌で感じていた。

「ついにですよ!南雲くん!」

 手を胸の前で握り、今日一番の笑顔を見せる。

「ようやくだな!」

 ゲームに興味が無い俺でも、三時間待てばそれなりにテンションは上がる。

 疲労ゆえなのか、それとも自分でも気が付かないうちに楽しみにしていたのか。

 とにかく、苦労が報われる瞬間というのは、なんであれ気持ちがいいものだ。


 ◇


「ふふ……買えましたよ!南雲くん!」

 嬉しそうにパッケージを俺に見せる。

 複数の女の子に囲まれている一人の男の子。

「お、おう……よかったな、これでネタバレされずに済むな」

「はい!さぁ!早く帰って?」

 そういうや否や手をギュッと握られる。

 いきなりの出来事に思わず心臓が跳ねる。

 あ、宝条さんの手……凄いスベスベしてて気持ちいい。

 …………いや、違う。女の子の手を満喫している場合では無い。

 ……え?やりましょうって言った?

 たぶん、『一緒にゲームをしましょう』の意味だよな?

「も、もしかして……俺も一緒にやるの??」

「もちろんですよ?」

「いやいや!流石に気まずいでしょ?パソコンなら俺も持ってるから、あとで貸して?絶対やるから!!」

「わたしは、感想を言い合いたいんです。それだと時間がかかります。非効率的です」

「いや、にしてもだな……女の子と……その……そういうゲームをするのは……」

「南雲くんは、わたしとはやりたくないですか?」

 少しシュンとして、俺を見る。

 出た!上目遣い攻撃……。

 おそらく本人は無意識だ。宝条さんは、自分の可愛さを理解して仕掛けてくるタイプじゃない。

「ちなみにさ……どこで?」

「私の部屋ですけど?」

 そこ以外どこがあるのかと言いたげだ。

 あの手この手を考えたが……。

 あの表情をされると手詰まりだ。断れない。

 俺は、諦めて宝条さんの部屋にお邪魔することにした。

 どうやら、正念場はこれかららしい。





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