第3話 フラグは立っていた

 帰りのホームルームが終わり、友達と談笑をしていたところ携帯が震える。

『放課後、昨日のカフェに来ていただけますか?』

 教室内をこっそり見回す。

 既に、宝条さんは教室にいなかった。

 放課後に予定は無いので断る理由もない。

 俺は昨日、宝条さんの趣味の一部を知ってしまった。

 そして、幸か不幸か、彼女の趣味を一緒に楽しむ趣味友に昇格した。

 連絡先も流れで交換した。

 宝条さんの連絡先は、学年問わず男からすれば垂涎すいぜんものだろう。

 だが、実際手に入れてしまうと扱いに困る。

 贅沢な悩みだな。



 記憶を頼りに『グリーンカフェ』まで、たどり着いた。

 飲み物の注文を済ませ席に向かう。

 宝条さんの席まで近づくと、彼女は退屈そうに足をブラブラさせていた。

 ――が、俺に気づくなりニコリと笑う。

「待ちくたびれちゃいましたよ?南雲くん」

「ごめん、少し迷った」

「一緒に来れば良かったですね?」

「それは……勘弁だ」

 学生は面白い噂に敏感だ。

 格好の餌があれば、飛びつかずにはいられないだろう。

 ましてや、宝条さんと一緒にいたなんて噂になればどうなるか。火を見るより明らかだ。

 俺の分の飲み物が届くなり、宝条さんに問いかける。

「それで……なにかあったの?」

「あ、そうでしたね!これを見てください」

 携帯を操作し俺に向ける。

 画面には『当選』の二文字があった。

「当……選?なにかあたったの?」

「『あなたに恋をしている』ってゲームの初回限定版です!貰える訳じゃなくて、購入する権利を手に入れたってことですが」

 抽選に当選したってことか。

 昨今、転売やら買い占めやらが横行してるせいで、このような抽選販売を行う店舗が増えている。

 おそらく、そのゲームも転売される恐れがあるほど人気なものなんだろう。

「それでですね。買いに行くのですが、南雲くんも付き合って頂けませんか?」

「え?俺は行く意味ある?」

「ほら……趣味を知っていただくためにですね」

 まぁ、理には適っている。

「ちなみに、いつ?」

「えと……明日……です」

 今日は金曜日。明日は休みなので付き合う分には問題ない。

「わかった、何時に行く?当選してるんだし、ゆっくり行く感じ?」

「えっとぉ……六時で」

 ん?聞き間違いか?

 十六時の聞き間違いだよな?

「十六時ね、わかった」

「いえ!六時です!」

 聞き間違いではなかったっぽい。

 六時なんて早朝もいいとこだ。

「ちょっと待ってくれ、なんでそんなに早く行くんだ?」

「だって……早くプレイしたいではないですか」

「気持ちはわかるけど……」

 待ちに待ったものがもう少しで手に入る。

 ウズウズする気持ちが抑えきれないのもわかる。

 それにしたってなぁ……。

「南雲くんは分かってないんです……彼らの恐ろしさが……」

「彼ら?」

 穏やかな表情から怒りが垣間見えた気がする。

「あれは鬼畜の所業です!長い間楽しみに待ってようやく手に入れたというのに……!!」

「彼らって誰のことだよ?」

「ネットで平気でネタバレをする人達です!」

 あ〜……いるよね。

 俺も漫画のネタバレとか目にしたとき、結構萎えるもんな。

 俺のは週刊漫画だが、宝条さんは一年以上待つはずだ。

「早く手に入れてプレイしないと楽しみが半減……いえ、激減してしまいます!」

「わ、わかった。その時間に行こう」

 あまりの熱に根負けしてしまった。

 それしにても――

「そのゲーム凄い人気なんだな」

「人気なんてものじゃありません!!」

 テーブルに身を乗り出し顔が勢いよく迫ってきた。

 柔軟剤か香水かわからないが、女の子特有の良い匂いが鼻腔をくすぐる。

 健全な男子高校生が女の子と至近距離で見つめ合う状況に耐えられるわけが無い。

 とりあえず、席に押し戻す。

 席に戻るなり、人差し指を立て話し出す。

「このゲームは凄いんですよ?」

「まずですね、が主流だった時代に突如として現れた純愛作品が『あなたに恋をしている』って作品なんですよ。これが、今までいかに抜けるかで善し悪しが決まっていた界隈に革命を起こしたんです!」

緻密ちみつに練られたストーリー、魅力的な登場人物やヒロイン、ご褒美シーン……はぁ……PVを見る限り前回よりも面白いのは明白!」

 饒舌に語り出す宝条さん。

 頬に手を当てうっとりとした表情を浮かべ、さらには声がなんか艶っぽい。

 俺は、生まれて初めて脳がフリーズする体験をした。

 抜きゲー?エロゲー?

 初めて聞く単語だが、それらは連想ゲームのように全てが繋がって理解できた。

 そんな単語を、今しがた目の前の美少女の口から飛び出たのだ。動揺しないわけが無い。

「ま、まって、宝条さん」

「――ん?なんですか?」

「もしかしてさ……俺らが買いに行くゲームって、もしかして…………?」

 宝条さんはキョトンと首をかしげ――


「エロゲーですよ?言ってませんでしたっけ」



 ――『お前ら……ああいうお嬢様系はな?清楚なフリして、実はめちゃくちゃエロいって相場が決まってるんだぜ?』


 どうやら、既にフラグは立っていて、たった今回収したらしい。

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