第2話 彼女の趣味

 前回、校門前で宝条さんに捕まった後――長く入り組んだ裏路地へ連行された。

 およそ、三十分歩いただろうか?

「着きました、ここでお話しましょう?」

「なんか……オシャレなところだな」

 少し年季の入った木の板に『グリーンカフェ』と刻まれていた。

 レンガでできた趣のある外観が特徴のカフェだ。

 店内はシックな雰囲気に包まれていて、珈琲の香りを漂わせていた。

 席まで案内され、宝条さんはハニーカフェオレ、俺はアイスコーヒーを頼んだ。



 注文の品がくるまで、無言で向かい合っていた。

 ――あぁ、気まずい……。

「えっと……話ってなに?」

「あら、南雲くんってせっかちさんですか?」

 宝条さんは、口に手を当てからかい口調で俺に語りかける。

 改めて思う。喋り方、仕草が上品だ。

 注文の品が来るまで、他愛の無い話をお互いに投げかける。

 慣れのせいか、先程までの気まずさは感じ無い。

 逆に、会話のテンポやスピードが妙にしっくりくる。

「はい、お待たせ!ハニーカフェオレとアイスコーヒーね!」

「ん?ケーキは頼んでないですよ?」

「これはサービスだよ!頑張れよ!少年!」

 オーナーは親指をグッと立てて、厨房に戻って行った。

 え?なにを??

 なんか、勘違いされてる気がする。

 とりあえず、オーナーのご厚意に甘えることにした。

 俺はチョコケーキ、宝条さんはチーズケーキを選んで一口食べてみると――

「ん!美味しい!」

「そうでしょう!ここのケーキは絶品なんです!」

「これなら、毎日食べても飽きないな!」

「南雲くん、分かってますね~」

 想像以上の美味しさに舌鼓を打つ。

 筋骨隆々のオーナーが、こんな繊細で美味しいケーキを作れるなんて……。

 いや、それは失礼か。

 俺はいつの間にか、この空間を楽しんでしまっていた。

 ハッと我に戻り、目的を聞き出すことにした。

「で、宝条さん。俺になんの用なの?」

「むぐ?ふいまへん!わふへてまひた!」

「あ、口の中が無くなってからで大丈夫」

 幸せそうな顔でケーキを咀嚼する宝条さん。

 なんていうか……眼福眼福。

 可愛い女の子でしか、得られないリラクゼーション効果があるに違いない。

 そんなことを考えている間に食べ終えたみたいだ。

 ――だが、なかなか話出さない。

 頬を赤らめ、何度も指を組みかえている。

 そして、チラチラとこちらを伺う宝条さん。

 え?なに?この状況……。

 カフェとはいえ、人目がつかない奥の席。

 男女向かい合って、和気あいあいとスイーツを楽しむ。

 そして、話があると彼女から呼び出された。

 もう……フラグは立っている!!

 宝条さんは、意を決した様子で顔を上げる。

 俺の心拍数はとっくに限界値を突破している。

 そして――

「南雲くん……その……昨日見た事は他言しないでほしくて……ですね……」

「…………へ?」

 ――告白……ではなかった。そりゃ、そうよね。

「昨日見たこと?」

「はい……言わないで欲しいんです……」

 神妙な面持ちで再度お願いされる。

 よほど知られたくないことだったらしい。

 だけど。

「う〜ん……」

 少し過去を遡ってみたが……。

 全く身に覚えがなかった。

「わたしがあのようなが好きだと知られてしまえば……終わりなんです……。」

 ん?破廉恥な漫画……。

「あ、もしかして、昨日書店でぶつかった子って宝条さん?」

「はい……――え?気づいてなかったのですか?」

「まぁ……顔のほとんどが見えなかったから」

 特徴的な髪の毛が見えていれば、気づけたかもしれない。

「うそ……もしかして、わたし……自分で暴露してしまったのですか!?」

 結果的に見たら……そうなる。

 ただ、それも仕方の無いことだと思う。

 あんな至近距離で目が合えば、誰だってバレたって思うよな。

「えっと……。宝条さんは、その……もの……好きなの?」

「……はい」

 更に、頬を染め頷く。

 焦らされた割には、呆気ない幕引きだった。

「俺は誰にも言わないよ。それじゃ」

 帰ろうと席を立とうしたとき――

「あ、あの……お話は終わりなんですけど……」

 話しながらモジモジし始める。

「一つお願いがあるんですよ」

 断る選択もあった。

 だが、俺は何も言わず席に着く。

「お願いって?」

「この世には『趣味友』と言われる友達がいるそうです」

 読んで字のごとく。

 同じ趣味を一緒に楽しむ友達。

「南雲くんには、その……趣味友になって欲しいなって」

「それって、同じ趣味を持っていなきゃ友達として成立しないじゃないの?」

 だから、趣味友というのだろう。

 だが、宝条さんは頭をブンブンと横に振る。

「わたしと同じ趣味を楽しんで欲しいんです」

「俺が宝条さんの趣味を知らなくても?」

「はい、知らなくても」

 言っていることが破綻している。

 それに、俺は『普通』の生活が送りたい。

 宝条さんが傍にいるだけで、それが困難になる。

 断ろう。

「ダメ……でしょうか?」

 上目遣いでこちらを伺う。

 心が揺らぎかけるが……ダメなものはダメだ。

 けれど、ただ断るのは優しさに欠ける気がするので、妥協案を提示しておく。

「ネットで探せば話のわかる奴らはいるんじゃないか?」

「そんな!ネットの世界は恐ろしいんですよ!女の子フリをしたおじさんとか、身体目当ての狼さんがたくさんいます!」

 それは……たしかに。

 ならば――

「近くの友達はどうだ?黒瀬さんとか柏崎さんと仲が良いんでしょ?」

「こんなこと……雫ちゃんや加奈子ちゃんに言えません……」

 ダメか……。

 ならば、本格的に断るしか――

「やっぱり、変ですか?」

 どくりと心臓が鳴った。

「女のわたしが……こうゆう物が好きなの、変でしょうか……」

「い、いや……変では……」

「では、『普通』のお友達なら……なっていただけますか?」

 もし、俺がこの提案に頷けば、宝条さんの全てを否定することになる。

 ――『お前は変だ。普通じゃない』

 と。

 俺が、他人の『普通』の枠に収まるのは良い。

 だが、他人を俺の『普通』の枠に収めるのは……ダメだ。

 それに、さっきの言葉。

『一緒に楽しんで欲しい』

 何事も一人で楽しむには限度がある。

 ――自分の都合を押し通すのか。

 ――他人を肯定するのか。

 そんなこと考えるまでもない。


「宝条さんの趣味……一緒に楽しませて貰ってもいい?」

 漂っていた哀愁が一転し、喜びを滲ませる。

「……良いんですか?本当に?」

「少しずつ興味が湧いてきたから。宝条さんの好きな物について」



 店を出る頃には、既に日は傾いていた。

 思ったより長居してしまったらしい。

「そうだ、南雲くん。これどうぞ」

 サッと携帯を操作し、画面を俺の方向ける。

 そこには、LINEのQRコードがあった。

「連絡先を交換しておいた方が良いかと思ったのですが……」

「え?良いの?俺なんかが貰っても」

「もちろんですよ?お友達になるのですから、当たり前です」

 もう、断る理由は無い。

 QRコードを読み取り、追加されたことを確認する。

 そこには、男しかいなかった友達欄に華が増えていた。

「それでは、帰りましょうか」

「そうだね」

 二人並んで歩く帰り道。

 不思議と嫌な気分はしなかった。

 ただ、俺の望む『普通』へ戻れないことは、理解していた。

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