宝条 渚

第1話 宝条 渚

「…………くはぁ~……ふぅ……」

 朝の暖かな日差しに当てられて、本日三回目のあくびが炸裂する。

 入学式から二ヶ月が経った。

 友達もでき、勉強もそこそこ。

 スクールカーストの上位下位にも属さない中間。

 変に目立つことなく日陰で生活。

 これこそ、俺が追い求めていた理想の学校生活!!

「なぁ……昨日思ったんだけどよ……宝条また胸大きくなってないか?」

「やっぱりか!俺もそう思ってたんだよ!」

「くぅぅ……あれで高校生って反則だよな……好き放題してみてぇよ」

 飽きもせず毎日俺の周りで猥談を始める三馬鹿トリオ。

 こんな猥談もThe・男子高校生って感じだよな。

「ところで、南雲」

 その中の一人が、聞き役に徹していた俺の肩に手を回し尋ねてくる。

「お前は誰が好みなんだよ??」

 誰って?なんて分かりきった質問はしない。

 お淑やかお嬢様な宝条か。

 ボクっ娘王子の黒瀬か。

 ロリツンデレの柏崎か。

 甲乙付けがたい人選だ。

 けれど。

「ん〜……僅差で宝条さんかな」

「ま、妥当なところいくよな〜」

「理由は?やっぱあのおっぱいか?」

「いやいや、真面目ちゃんな南雲だぞ?絶対、雰囲気が〜とか言うぜ?」

 どうなんだ?と言わんばかりにこちらを見てくる三人。

 理由なんて決まっている。

「お前ら……ああいうお嬢様系はな?清楚なフリして、実はめちゃくちゃエロいって相場が決まってるんだぜ?」

 三人は、雷に打たれたように背筋を伸ばし、表情を固めていた。

 しまった……さすがにやりすぎたか?よくよく考えれば、普通に気持ちわる――

「なるほど!たしかにありえる!」

「南雲にしては、納得感のある理由だ」

「その発想はなかった……俺らは、無意識に、あの清楚さを真正面から受け止めてしまっていたのか!!」

 純粋の馬鹿で助かった。


 爽やかな朝に似合わない猥談が一区切りした所で教室の喧騒のギアが一段階あがる。

 噂をすればだ。

 話題に上がっていた、宝条渚が登校してきたようだ。

 宝条渚は、その整った容姿と清廉な雰囲気で、入学から一日も経たずに、学校の話題を独り占めにした。

 入学から二ヶ月の間に、告白し玉砕した人間は数しれず。

 誰にも靡かない姿勢は、彼女の株をさらに推し上げている。

 彼女の取り巻く喧騒は、ホームルームが始まるまで止むことは無かった。



 ――放課後


 俺は、リュックを背負い、職員室の前に張り出されたテストの学年順位表を眺めていた。

 この学校は、テスト返却が終わり次第、成績上位百名を張り出す習わしらしい。

 高校最初の中間テスト。

 程よくそこそこな順位に収まっていて欲しい。

 それこそ、六十〜五十位以内に。

「ん〜……ぼちぼちかな」

 総合得点は四百五十点。学年四十八位。

 概ね想定内の結果だ。

『普通』を目指しはするが、学年順位はある程度の位置を確保しておきたい。

 もう少し順位を上げてもいいかなぁ……。

 などど頑張っている学生を敵に回す思考にふけっていると――

「どうされたんですか?難しい顔をされてますが……」

 こちらを覗き込む均整の取れた可愛らしい顔。

 予期せぬ登場に心臓が跳ねる。

「い、いや……成績が思ったよりね?アハハ……」

「ふむふむ……。現状に満足しないのは良いことですよ、お互い頑張りましょうね?」

 応援してくれたのにごめん。

 ある程度、満足してるんだ。

「あ、ごめん……邪魔だよね?今退ける」

 場所を譲ろうとしたら、手で制された。

「構いませんよ?わたしはもっと右側ですので」

 右側?目で追ってみると……。

 総合得点 四百九十五点 学年一位。

 可愛いだけじゃなく、成績優秀だったか……。

 唖然としていると、宝条の肩越しから黒瀬がひょこっと顔をだす。

「渚〜ナチュラルに自慢するのは、良くないよ〜?」

「え?あ!いえ、そういうつもりでは……不快にさせてしまったらごめんなさい」

 ワタワタと手を動かし、ぺこりと頭を下げる。宝条さんは少し天然も入っているみたいだ。

 一体どれだけステータスを盛る気なのか……。

 問題ないと告げ、その場を後にする。

 美少女二人と同じ空間に長時間いるのは気まずい。


 ◇


 家に着くなり、さっさと課題を済ませるため机に向かうが、あることを失念していた。

「しまった……ノート切らしてたんだ……」

 ノートが無くて課題が出来ませんでした。

 そんな言い訳は通用しないよな。

 気は重いが、先程歩いた道を再び歩くことにした。

 ノートを大量にまとめ買いをし、ついでに参考書も見ていこうと思い立った。

 手早く済ませようと足を急がせる。

 そのせいで、本棚の死角から飛び出してきた女の子に反応できなかった。


 ――ドンっ!


「っうぐ!」

「きゃっ!」


 俺は平気だが、女の子は俺よりも少し小柄だったため尻もちをついていた。

「あ、すいません!考え事をしていて……!」

 尻もちをついた女性に手を貸す。

 その後、床に散らばってしまった漫画を拾い集める……のだが――

 無意識に漫画の表紙を見てしまった。

 女性が持っていた漫画は、男性向けの……年齢規制をするほどでは無いが、性的な描写が多いことで有名な漫画だった。

「あの……これ、どうぞ」

「ありがとうございま――」

「ん?」

 俺を見て、顔を凍りつかせる女性。

 帽子をしっかりと被り、マスクをしているため表情は分からないが――なにやら焦ってる様子。

「すいません!あ、ありがとうございました!!」

 我に返ったのか、俺が持っていた漫画をひったくるように奪う。

 少女は、レジで手早く会計を済ませ、店外に飛び出してしまった。

「さっきの子……どっかで見たことあるような……」

 既視感の正体が分からないまま、家路を急いだ。



 ――翌日



 俺は半日くすぐったさを感じていた。

 その正体は視線。

 宝条さんが、チラチラと俺を盗み見ているのだ。

 昨日の成績のことを気にしてるのだろうか?

 でも、その件は既に解決済み。

 それとも……『気になっている』というやつか!?恋愛的な意味の!ラブロマンスが始まってしまうのか!?

 ――な、わけないか。

 接点は特にないし。

 分からないものは、考えても分からない。

 俺は気にしない方向に舵を切った。



「南雲くん。今から少しだけ時間貰ってもいいですか?」



 宝条さんに声をかけられたのは、放課後の校門前。

 部活のおかげか生徒の通りが少なかったのが幸いか。

 断っても良かったが、一日中視線を向けていた理由を知りたい。

 俺は二つ返事でついて行くことにした。

 俺の平穏が終わることになるとは知らずに……。


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