「『普通』を目指した俺。何故か超絶美女に囲まれてるんだが?」

水無月

プロローグ

 季節は春。

 桜が咲き誇り、風に吹かれ空も桃色に染まる。

 新しい学び舎にたくさんの入学生が期待を膨らませている。

 その中には、俺こと南雲和葉なぐもかずはも含まれる。

 心機一転、俺はここから『普通』に生きるんだ。

 そのために、親の反対を押し切ってまで、地元を離れた。

俺を取り巻く環境も、地元では付いて回ったレッテルも、ここには存在しない。

 目指せノーマルライフ!!

 そんなことを考えながら、教室に入る。

 教室では既に、いくつかのグループが出来上がっている。

 それもそのはず、俺を除くクラスメイトは初対面じゃない。

 ここ『朝比奈高校』は小中高大とエスカレーター式だ。

 外部受験をやっていない訳では無いが、それに頼らずとも、内部進学が多いため生徒が絶えることは無い。

 俺は、自席につき、適当に時間を潰すことにした。

 できれば、ぼっちは回避したいなぁ……。


 入学式は滞りなく終わり、定番の簡単な自己紹介をすることになった。

 と、言っても馴染みの顔ぶれに詳しい自己紹介なんて不要なんだろう。

 名前と趣味だけを言い、さっさと終わらせていく。

 俺は焦っていた。なんでかって?

 そりゃ――スノーボード?サーフィン?なにその陽キャのスポーツ。

 つか、みんな顔見知りだから、自己紹介にちょっと茶々入れて和気あいあいとしてるし……。

 あぁ、胃が痛い……。

 そんな中一人の女の子が自己紹介を始める。


宝条渚ほうじょうなぎさです。趣味は……そうですね……幼少期からピアノをやっています」

 肩あたりまで伸ばし、毛先だけピンクに染めた髪。

 程よい肉付きで大人びた体つき。

 おっとりとした話し方に柔らかな声。

 佇まいから清廉さと品の良さが伺える。


「っと、次は僕か。黒瀬雫くろせしずくです!趣味は演劇鑑賞!よろしくね」

 先程とは打って変わって快活な自己紹介が響いた。

 綺麗な黒髪にショートヘア。よく通る中性的な声。好青年を思わせる爽やかな笑顔。

 これだけでも、男子生徒と見間違える人もいるだろう。勘違いを後押しする材料として、スカートではなくスラックスを履いていた。

 だが、彼女のふくよかな胸が女の子であると強く主張していた。


柏崎加奈子かしわざきかなこ……よろしく」

 前者二人と違い、愛想なく手短に自己紹介を済ませる。

 小柄な体つき。背中まで伸ばした髪。幼い顔つき。

 見た目通り大人しい女の子なんだろう。

「柏崎〜趣味は〜??」

「は?趣味?……バッティングセンターで思いっきりバット振り抜くこと」

 前言撤回。一番の暴れん坊かもしれない。


 その後――順番は周り、おそらく、一番関心を集めるだろう俺の番。

「南雲和葉です。趣味ではないですが……は好きです」

 俺はあまりの緊張に選択を誤った。

 適当に読書とでも言っておけば良かったものを……。

 一瞬、静まり返ったかと思えばドっと教室が湧く。


『好きなものが宝条と黒瀬と一緒は偶然かー?』

『早速狙ってんのか!油断も隙もねぇな!』

『応援するぞ〜!南雲〜!』


 歓迎されているのか、茶化されているのか。

 前者だと信じたい。

 変に注目を浴びることになってしまったが、滑らずに済んで一安心だ。

 ――だが、おふざけの激励が飛び交う中、黒瀬と宝条は静かに俺の方を見ていた。



 ホームルームを終え、各自解散になった。

 家路につきながら、ふと携帯のニュースサイトを見る。


『劇団モンキーカンパニー所属の南雲修司なぐもしゅうじ 三年連続 最優秀男優賞受賞!!』

『天才ピアニスト 南雲秋なぐもあき 日本人初の最難関コンクール三連覇!!』


 こんな大々的な見出しで報じられていた。

 どちらも紛うことなき俺の両親だ。

 携帯を閉じようとしたとき、妹からLINEが入る。

『お父さんとお母さん凄いね!わたしも頑張るから!』

 混じり気のない無垢な称賛に思わず苦笑を漏らしてしまった。

 俺と妹には、間違いなくこの二人の血が流れ才能を引き継いでいる。


 ピアノと演劇……かつて、俺が好きだったもの。

 もう、必要ないと切り捨てた才能。

 それが、緊張したからって無意識に飛び出していた。

「もう、捨てたんだ……俺は……『普通』ってやつを手に入れたい」

 心を固めるように言葉を吐き出す。


 これは、俺が『普通』を手に入れるための物語



 ――の、はずだったのに……。

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