黒瀬 雫
第12話 黒瀬雫
趣味バレ事件から一週間。
趣味を共有する友達が増えたから、俺とはさよなら〜……なんてことは無かった。
土曜日はアニメとコラボしたカフェに行った。
さらに日曜日は、先着三百名限定のフィギュアを手に入れるために朝早くから並んだ。
……以前より精力的に俺を誘ってオタク活動に勤しんでいた。
黒瀬さんや柏崎にも声をかけて付き合わせてるらしいが……。
「はぁ〜……」
疲労のせいか思ったより重いため息が出てしまった。
宝条さん達が教室に顔を出したことで、より一層騒がしさが増す。
「おはよう!黒瀬さん!昨日はありがとう!」
「構わないさ、また何かあったら頼ってくれ」
「黒瀬さんのおかげで、告白成功したよ!」
「本当かい?おめでとう!惚気話期待しているよ」
「あれ?黒瀬さん、メイク変えたんですか!」
「よく気づいたね、加奈子に見繕ってもらったんだ」
宝条さんや柏崎は遠巻きから見られることが多い。
それに比べて、黒瀬さんは見た目や性格のおかげか、色んな人から声をかけられている。
男子からも人気だが、圧倒的に女子比率が多い。
陰で王子キャラとして通っているせいか、うっとりとした目で見ている女子も少なからずいる。
あれだけ分かりやすく人気なら、学校生活もさぞ楽しいんだろうな。
自分の現状と無意識に比べてしまったが、不思議と悔しい気持ちは湧かない。
それも、彼女の誠実さや謙虚さによるものだろう。
ひっきりなしに声をかけられている黒瀬さんは、一人一人に変わらない笑顔で対応していた。
――昼休み
「は〜……一人最高」
屋上に設置されているベンチに浅く腰かけ、背もたれに体重を乗せ、足を前方に放り投げてリラックスする。
朝のホームルーム前や休み時間は、友達と過ごすことが多い。
だが、昼休みや放課後は別だ。
基本的に一人を好む俺と大人数でワイワイ過ごしたい友達との違いだ。
「おや?南雲くん?」
一人を満喫していると、聞きなれた声が俺の名前を呼ぶ。
「黒瀬さんか。一人でいるの珍しいね、宝条さん達は?」
「加奈子は部活のミーティング、渚は他の子と食堂に行ったよ。だから、今はフリーだ」
「黒瀬さんのファンが、こんなチャンス見逃すとは思えないけどな」
「そこは上手くやるさ、誰にでも一人になりたい時ってあるだろ?」
黒瀬さんは俺の横にストンと腰掛け、弁当を食べ始める。
一人になりに来たのに俺がいたら落ち着かないだろう。
そう思い、腰をあげると俺のブレザーを控えめに掴まれる。
「どこに行くんだい?」
「一人になりたいのに俺がいたら邪魔だろ?教室に戻るよ」
「一人にはなりたいけど、話し相手がいないのもつまらないだろう?」
「発言が矛盾してない??」
一人になりたいのに話し相手が欲しいと……。
随分わがままな王子様だ。
あげた腰を再びベンチに下ろす。黒瀬さんは、満足気に頷き弁当を食べ始める。
相変わらず、姿勢や食べ方が上品だ。
「さすがに、ずっと見られてると食べにくいよ?」
「あ……ごめん、美味しそうな弁当だなって思ってな」
「本当かい?ふふっ早起きして頑張ってる甲斐があるね」
「手作りなのか……凄いな」
容姿も良く、人当たりも良く、更には家庭的なんて属性盛りすぎでは……?
「褒めてくれたお礼にあーんしてあげようか?」
「……え?なんでそうなるの?」
「女の子にあーんしてもらうのは男子の憧れと聞いたんだけど……違うのかい?」
「まぁ……否定はしないけど」
結局、恥ずかしさが上回ったので断ると、黒瀬さんは楽しそうにクスクスと上品に笑っていた。
「そういえば、渚から何冊か漫画を借りて読んでいるんだけど……それが面白いんだ」
「へぇ?どんな漫画?」
黒瀬さんは、一度弁当を食べるのを中断した。
そして、身振り手振りをして楽しそうに漫画の内容を話し始める。
知らないタイトルだった。
だけど、黒瀬さんがあまりにも楽しそうに話すので、少しずつ気になってきた。
「――っていう感じですごく胸がドキドキする恋愛漫画さ」
「俺はあんまり恋愛漫画は読まないけど……読みたくなってきたな」
「じゃあ、渚に伝えとくよ、僕が読み終わったら貸すね」
黒瀬さんは微笑みながら俺を見る。
あまりにも女の子っぽい可愛い笑顔に、思わず心臓が跳ねる。
「ん?どうかしたかい?」
「んや……黒瀬さんってそんな風に笑うんだって」
「あ……いや、不快だったらすまない……」
「え?なんでだよ、女の子っぽくて可愛いなって思ったよ」
「か、かわっ!?……ごほん、南雲くんは口が上手いね」
思ったことは、良いことであれ悪いことであれ伝えるようにしている。
本心なので、お世辞でもなんでも無いんだが……。
「ほら、僕ってこんなんだから、陰で女の子扱いされていないことは知ってるからさ」
「それは俺も聞いた事ある」
「みんなの中の僕は頼れる王子って認識らしいし……」
「まぁ、そんな雰囲気はあるぞ」
黒瀬さんは先程見せた笑顔ではなく、疲労が滲んだ笑顔で首を横に振る。
「みんなが悪い訳では無いけど、常に人に囲まれて期待に応え続けるのも疲れるからね……。こうして、たまに一人になるのさ」
「人気者で学校生活を謳歌してんだろうなって思ってたけど、考えを改めるよ」
「学校生活を楽しんでることは、否定しないけどね」
「たまになら、屋上貸してあげる」
ふふっと控えめに笑い「そうさせてもらう」と言い、残りの弁当は食べ始めた。
「なぁ、黒瀬さんって宝条さん達の前でどう笑うんだ?」
「むぐ?……そうですね。口調は変わらないですけど、女の子っぽく笑いますよ?」
宝条さんは幸せそうにケーキを頬張りながら、友達のことを嬉々として語る。
宝条さん達の前では、素を見せてるらしい。
……女の子っぽく笑う?
屋上で見せた黒瀬さんの笑顔を思い出す。
ということは俺にも素を見せてくれている……という認識で良いのか?
「南雲くん?珍しくニヤニヤしてどうしました?」
「っ!?い、いや……なんでもない」
男の脳内は単純だ。
女の子から笑顔を向けられただけでこんな風に浮ついてしまう。
しかも、特別な友達の前で見せる笑顔なら尚更だ。
宝条さんとは趣味友ではあるが、友達になれたことに変わりは無い。
だから、黒瀬さんとも友達になれたら楽しいだろうな。
そう思いながら、俺はケーキを楽しんだ。
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