第13話 どこかで……

 翌日の火曜日。

 いつも通り昼休みに屋上に向かってる時に、微かに聞こえてきた女子生徒の会話。


 ――『今度の演劇部の公演会、主役は雫様なんだって!』

 ――『あ、やっぱり〜?は雫様しかいないよね!』

 ――『ね〜!この前の公演会、雫様がお姫様役で驚いちゃった!素敵だったけど、って思ったんだよね』

 ――『やっぱりカッコ良くて凛々しい姿を活かす男性役の方が適役だよね!』


 興味深い話が聞こえた。

 黒瀬さんが演劇部?

 俺の記憶では、黒瀬さんは陸上部だった気がするが……。

 機会があれば聞いてみよう。

 けど、お姫様という配役に『なんか違うな』か……。




「あぁ、僕は陸上部と演劇部を掛け持ちしているんだ」

 機会は、意外と早くやってきた。

 黒瀬さんは、昨日に続き屋上にやってきた。

 当たり前のように俺の隣に座る黒瀬さんに部活のことを聞いてみたのだが……。

 俺の予想外の返事だった。

「掛け持ちは禁止されていないからね」

「それ、しんどくないか?たしか、黒瀬さんって陸上部でエースだったよな」

「大変だけど……やりがいがあるからね。演劇も大好きだし」

 黒瀬さんは、中学の頃から陸上で有名な選手だったらしい。

 高校に入学後、更に力をつけ一年生にしてエースを勝ち取っている。

 スポーツ万能というステータスまで持っていたか。

「無尽蔵な体力だな」

「そんな事ないさ。無尽蔵の体力なら屋上に一人になりになんて来ないよ」

「今は、休憩みたいな感じか?」

「うん、そんな感じ」

 黒瀬さんは、ウィンナーを口に運びながら答える。

「そういえば、この前公演会あったんだって?」

「渚か誰かに聞いたのかい?」

「さっき他クラスの女子が話してるのを聞いただけ」

「……そっか。いつもと同じで来客は楽しんでくれていたよ」

 良い事のはずなのに、どこか浮かない表情だ。

「なにかあったのか?」

「ん〜……強いて言うなら、自分の演技に満足出来てないくらい……かな?」

「思ったよりストイックだね」

「そりゃ、楽しみにしてくれているからね。見に来てよかったって思って欲しいじゃないか」

 こちらに顔を向けず、少しずつお弁当を食べ進める。

 だが、黒瀬さんは、どこか疲れた雰囲気を漂わせていた。

「そういえば、その公演会はお姫様役って聞いたけど……自分から立候補したの?」

「もちろんだよ。たまには、別視点からやってみたくてね」

「そうか、俺も見てみたかったな」

「演劇全体としては成功だったけどね。どうやら、には不評だったみたいだ」

 黒瀬さんらしくない言い回しだった。

 見に来た観客全員を満足させることは簡単では無い。

 お客さんによって期待値が異なる。

 ――前回が良かったから、今回も素晴らしい舞台になるだろう。

 ――有名な俳優さんを起用しているから、きっと面白い!

 など、さまざまだ。

 それは、黒瀬さんも分かっているはずだが……。

「その不評は黒瀬さんだけのせいじゃないだろうし、気に病む事は無いと思うぞ」

「それもそうだね。自分の中でハードルを上げすぎていた」

「でも、気になるから今度見に行ってみたいな」

 黒瀬さんは、一瞬驚いたような表情を見せた。

 だが、瞬き一つする間に元通りに戻っていた。

「ふふっ……に言われたら嫌とは言えないね。今度、渚と来たらいいよ」

 その後は他愛のない話をして過ごした。

 だが、どこか上の空というか。

 なぜだか、先程よりも緊張しているという雰囲気は伝わった。




「南雲くん、最近雫と一緒にいること多くないですか??」

 う〜ん……。なんて答えるのが正解なんだ?

 やましい事は無いのに素直に頷けない。

 とりあえず、誤魔化しておこう。

「気のせいだよ」

「でも、雫が言ってましたよ?『昼休みは南雲くんに慰めてもらってる』て」

「隠す気は無かったのか……お互いの憩いの場が屋上だったってだけだよ」

「なんで、嘘ついたんです?」

 誤魔化したのが裏目に出てしまった。

 宝条さんの視線を受け流しながら、簡単に事の経緯を話す。

 ふと、視線を感じたので、コーヒーに落としていた目線を上げる。

 なんだか、宝条さんが悲しそうにこちらを見ていた。

「えっと……なに?」

「屋上で……たった一人で過ごしているんですか?お昼休み終わるまで?」

「そうだけど……なにか問題ある?」

「お友達……いないんですか……?」

「……一人が好きなだけだ」

 冗談ではなく本気で哀れまれているからタチが悪い。

 話題を変えるか。

「今度、演劇部の公演会見に行きたいんだけど……日程って知ってるか?」

「雫から連絡貰ってますので知ってますが……どうしたんです?」

「いや、気になるから見てみたいなって」

「そういえば、南雲くんも演劇が好きって言ってましたね!」

 手を合わせて、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 その後すぐに携帯を操作し、俺に日程を伝えてくる。

「直近だと……来週の日曜日ですね」

「結構早いんだな」

「うちの演劇部って、結構有名ですよ。だから頻繁に公演会をやってるみたいです」

「なるほどね……なら、その日見に行こう」

「え?わたしもですか?」

 俺に誘われたのが意外だったらしく、目をまん丸にして驚いている。

「『渚とおいで』って言われたし」

「言われたことを守るって、随分律儀ですね」

 黒瀬さんの演技に興味があったのは、半分は本当だ。

 残りの半分は――




 黒瀬……雫……かぁ。

 改めて、ちゃんと顔を合わせて話すと……。

 なんか、初めて会った気がしないんだよな。



 この、違和感の正体がわかる気がしたから。

 

 

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