第14話 仮面

 ――水曜日


「次の公演会は来週の日曜日なんだってな」

「早速聞いたのかい?行動が早いね」

「楽しみなことには、準備を怠らないんだよ」

「それなら、僕も頑張らないといけないね」

 そういった矢先に、黒瀬さんは、ふわぁと控えめな欠伸をした。

 心なしか少し気だるげだ。

「大丈夫?」

「これくらい平気さ、今日は少し寝不足なだけだよ」

「それなら、良いけど……」

「南雲くんは、思ったより心配性だね」

「元気がないように見えるからね」

 黒瀬さんは、困ったように頬をかきながら笑う。

 そして、少し控えめに、こんな問いを俺に投げかけてきた。

「南雲くんはさ、他人から期待されてると感じたらどうする?応える?」

「俺に出来ることなら応えると思う。それ以外なら応えないかな」

「それ以外って?」

「やってくれて当たり前、こうあるべきみたいな押し付けがましい期待は応えない」

 黒瀬さんは少し考える素振りをする。

 質問の意図が分からない。

 だが、俺の意見は参考にならないと思う。

 昔から『他人のために』なんて考えてこなかった人間だから。

「南雲くんらしいね。淡白というか、割り切ってるというか……」

「そういう黒瀬さんはどうなんだ?なんか、聞くまでもない気がするけど」

「僕はどんな期待にも全力で応えたいと思うよ……ただ……」

「……?ただ?」

 珍しく歯切れの悪い答えが返ってくる。

 黒瀬さんは、思い悩んだ様子で続ける。

「ただ、最近は、その期待に応え続けるのも疲れてきてね」

「なら、やめればいい」

 俺は、つい正論をぶつけてしまう。

 黒瀬さんが求めていたのは正論では無いのに……。

「そうできれば良いんだけどね……僕自身がそれを許さないんだ」

「期待されてる間は応え続けろって?」

 コクリと小さく頷く。

「それにね?みんなが期待と憧憬しょうけいの眼差しを向けているのはじゃない気がして……それが、最近すごく怖いんだ」

「みんなが見てるのは黒瀬さんじゃない?」

「うん、僕じゃない」

 黒瀬さんはクスクスと静かに笑い、ベンチを立つ。

「じゃあ、僕は行くね」

 黒瀬さんは手をヒラヒラと振りながら、屋上から姿を消した。




 放課後、芝生に座りながら陸上のトラックを走る黒瀬さんを遠目から眺める。

「あれ?南雲くん?」

 振り向くと、宝条さんが立っていた。

「どうしたんですか?こんなところで、ぼ〜っとしてるなんて」

「少し考えごとしてた」

「なるほど?……では、お隣失礼しますね」

 そう言い、俺の隣に腰を下ろす。

 既に学校で仲良くしてるし、それほど噂にはならないか。

「それで……考えごととはなんです?」

「黒瀬さんのことだよ」

 俺から黒瀬さんの名が出るのが意外だったのだろう。

 宝条さんは目をパチクリしていた。

「あ、好きとかそんなんじゃないからね?」

「……わたしは何も言っていないですよ」

 一応だよ。

「黒瀬さんから少し相談されてさ。どうしようかなって」

 黒瀬さんの悩みは共感できてしまう。

 俺も一時期抱えていた悩みだ。

「南雲くんから見て、雫ちゃんの印象はどうですか?」

「面倒見が良くて、いつも色んな人に囲まれてる人望の厚いだと思う」

「あと、可愛いですよね??」

 有無を言わさない圧を感じたのでうなずく。

 ふいっと視線を俺の奥へ向ける。

 宝条さんの視線の先には、複数の女子生徒や男子生徒がおり、黒瀬さんを見てなにかを話している。

 恐らく黒瀬さんを慕っている生徒だろう。

「あんな風に見られたら外すにも外せないですよね」

「外す?なにを?」

「仮面ですよ。わたし達の前では女の子なのに、他では王子ですもんね」

 仮面か……。言い得て妙だな。

「雫ちゃんはお人好しです。みんなから寄せられる期待に応えることに必死なんですよ。自分を後回しにするくらい」

 けれど……と、宝条さんは続ける。

「わたし達の前では普通の女の子です。あとは、きっかけがあれば……って、感じですかね」



 ――『和葉はあれだ、雰囲気のせいで近寄り難いんだな。俺の前では普通なんだから、きっかけ作ってやるから上手くやれよ』



 まただ。また、友人の面影を感じた。

 変われなかった俺でも……お前みたいに上手くできるだろうか。

 いや……――

 俺は、芝生から腰を上げる。

「待ってください。放っておくんですか?」

「宝条さん達でダメなら、俺も無理だろ」

「雫ちゃん自ら南雲くんに話したなら可能性はあります!」

 力強く俺を見る。

「わたしの時みたいに助けてあげてください!」

「俺は背中を押しただけだ。助けちゃいないよ」

「なら、背中を押してあげてください!」

「だから俺には――」

 顔を上げてハッとした。

 そこには、いつもの穏やかなさ無かった。

 真剣に友達を思う宝条さんの姿。

「わたしは南雲くんを信じています」

 趣味バレ事件以降の宝条さんの俺に対する信頼は厚い。……と、感じてる。

 断りたかったが、黒瀬さんにも恩がある。

「わかったよ……。乗り掛かった船だし、やれるだけやってみる」




 宝条さんが帰った後も、俺は芝生に座ったまま陸上のトラックを眺める。

 黒瀬さんの悩み。

 要は素の自分でありたい――ということだろう。

 多少、荒療治になるだろうが……。

 これが一番効果的なやり方だろう。

 汗をタオルで拭きながら友人たちと話をしている黒瀬さんを眺める。

 公演会の準備でバタバタしてるだろうし……終わった後に誘ってみよう。

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